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『…いや、がらせ?』


ぽかんとした私の顔を見て笑みを深めた先輩が言葉を続ける。


「見下されてた私が大物術師になってみろ。家の連中、どんな面すっかな…楽しみだ!」


したり顏で言いのけた真希先輩に私は思わず息を呑んだ。
…なんといえばいいのかは、分からないけれど…胸がぐわっと熱くなった気がして、思わず目を見開いた。
横をちらりと見れば、それは野薔薇ちゃんも同じ様で。


「ほら、さっさと硝子さんのところ行くぞ。一応怪我してねーか見てもらえ。」


当たり前のようにかけられた優しげな言葉に、野薔薇ちゃんと2人で口角が上がる。
少し前を歩いて行っていた真希先輩の横に2人で追いつくと、野薔薇ちゃんが先に口を開いた。


「私は真希さんのこと、尊敬してますよ!」

『私も、憧れてます…!』


立て続けに真希先輩にそう言うと、少し照れた様に顔を逸らしてから、照れ臭そうにあっそ、と言って笑ってくれた。


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京都校の人達と対峙してから2週間後、私たちはだんだんと稽古が様になってきていた。
伏黒くんは真希先輩との組手はもちろん、それ以外の術の練習もしているみたいだし、野薔薇ちゃんもパンダ先輩に転がり回される事にもだいぶ耐性がついてきたみたいだ。
かくいう私も、狗巻先輩に見てもらっている呪力のコントロールがだんだんと上手になってきている…気がする。


「ツナツナ、いくら!」

『え?……あぁ、休憩ですか?ありがとうございます。』


…まだ全然言葉での意思疎通はできないけれど、ジェスチャーと合わさっているからか簡単なものはわかる様になってきた。
パンダ先輩の所に行ってくる、という趣旨のジェスチャーをした狗巻先輩に分かりました、と言うと、力強く親指を立てた後、パンダ先輩の方は掛けて行った。
私も休憩をしようと木陰に座り込むと、所々が土で汚れてしまっている野薔薇ちゃんも私の隣に腰掛けた。


『お疲れ様。土、軽くだけど払っておくね。』

「えぇ、ありがと…」


スポーツドリンクをごくごくと飲んだ野薔薇ちゃんのジャージの土を払っていると、ペットボトルから口を離して口を開いた。


「なまえはどう?呪力の感じ分かってきた?」

『うーん…たまにだけど、黒いモヤ?みたいなのが自分の意思で動かせたりするようになったよ。』

「それって、なまえの呪力ってことじゃない?!」

『そうなのかな?』


あの黒いモヤが見えたのは初めてではない。
少年院で宿儺と対峙した時にも同じ物が見えた。あの時は少なからず私の意思に従って動いたんだけど…


『でも、ふわふわって出てくるだけで、五鬼助に纏わせたりすることはできないんだよね…』

「そう…私も釘に呪力を流し込んだりするけど…コツ的なのは分かんないのよね…私となまえじゃ感覚も違うだろうし…」


2人でうんうんと唸りながら考えていると、野薔薇ちゃんを呼びに来たパンダ先輩と狗巻先輩も一緒に考えはじめた。


「…前に一度できた事があるんだろ?」


少し考えた末に、パンダ先輩がそう口を開いた。
私が頷くと、続けてじゃあ、と言葉を続ける。


「その時の感情や状況を思い出してみるのはどうだ?…なまえにとっては、酷なことかもしれないが…」


提案してくれた時とは違う、悲しそうに目尻を下げたパンダ先輩の言葉に、私はゆっくりと頷いた。


『そうですね…それが感覚を掴むための1番の方法ですもんね。…ありがとうございます、やってみます!』

「しゃけ!!」


グッと親指を立てた狗巻先輩が校庭に走り出す。
私もそれについて行こうと、後ろにいる2人に会釈をして走り出した。


「なまえも頑張りなさいよ〜!!」


聞こえてきた野薔薇ちゃんの声に後ろ手で手を振り、狗巻先輩と向かい合って五鬼助を構える。

…あの時の感情や状況を思い出す…
軽く目を伏せ、深呼吸をする。あの日の、雨が降る少年院での出来事を、鮮明に思い出す。
まだ、鮮明に思い出せる。腹の底が泡立つ様な怒りと肌を掻きむしりたくなるような焦り、宿儺を前にしたあの時の…ぞわりとうずく、何か。


「……か…おか……おかか!!!!」


焦りの見える声色で叫ばれ、その声にハッとする。
いつの間にか手元の五鬼助に黒…いや、紫の様な色をしたモヤがまとわりついている。軽く振ってみると、いつもよりも断然使いやすく、重々しい音を立てながら風を切った。
そこまでしてからやっと、目の前にいる狗巻先輩に目を向ける。先輩は心配そうに瞳を揺らしながらおかか、と言った。


『どうしました?…あ、私、呪力のコントロールできたみたいですよ!』

「…ツナ…しゃけおかか、たらこ!」


手でバツを作りながらぶんぶんと首を横に振る狗巻先輩を見て、そっと力を緩める。すると私の呪力も消え、先輩もホッと一息ついた。

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