12
のどかな自然が広がるそこは、私たちが転入する呪術高専である。
「すっげー山の中だな…ここ本当に東京?」
「東京も郊外はこんなんよ?」
『…鳥が鳴いてる…空気美味しい…!』
緩やかな道を歩きながら、ふと伏黒くんの姿が見えないことに気がつく。
すると、同じことに気が付いたのか虎杖くんが口を開いた。
「そういえば、伏黒は?」
「術師の治療を受けて、今はぐっすりさ。」
『よかった…』
歩いている最中、五条先生が高専について教えてくれる。
綺麗な趣のある建物と広がる緑の澄んだ空気に、呪いとは真反対のものを感じる。ここが呪術師の活動の拠点として使われているなんて、正直想像ができない。
しばらく歩くと、長い石階段を登り始める。
階段の真ん中に差し掛かると、五条先生が楽しげに口を開く。
「とりあえず、悠二もなまえも、これから学長と面談ね。」
「学長?」
『面談、ですか?』
何も聞いていないのに面談なんて大丈夫だろうか…
心配になる私たちを見て、面談に失敗したら入学を拒否られるから、と笑った五条先生は、他人事の様に気張ってね!と言った。
「そしたら俺、即死刑?!!」
『えっそうなんですか?!!!!!』
理不尽に対して叫んだ虎杖くんの発言に思わず反応すると、虎杖くんから聞き慣れない声が聞こえてくる。
「なんだ、貴様が頭では無いのか。」
『ぇ、』
反射的に声のする方を確認すると、虎杖くんの頬に口が出現していて、それが言葉を放っている。
あまりに摩訶不思議な光景に思わず声を出すと、頬を押さえた虎杖くんがたまに出てきてしまうのだ、と謝った。
「愉快な体になったねぇ…」
まじまじと虎杖くんを見つめる五条先生に、今度は手の甲に出現した宿儺が言葉を発す。
「貴様には借りがあるからな。小僧の体をモノにしたら真っ先に殺してやる。」
「宿儺に狙われるなんて光栄だね。」
冗談めかして笑った後、改めて両面宿儺についての説明を聞く。まじまじと聞くと、やはりとても恐ろしく強いものであることが分かる。複雑になった気持ちを抑え、前を見るとそこには大きめなお堂があった。
「じゃ、なまえは少しここで待ってて。順番制なんだ。」
『あ、分かりました。』
「えっ、俺が先かよ!!!」
『頑張ってね!』
お堂に入って行く2人を見送り、私は石階段に座り込む。
『…面談って何話せばいいんだろ…』
しばらく待っていると、お堂の中から何かがぶつかる音が聞こえる。
…まさかとは思うが、面談というのは拳で語り合う系のことなのだろうか?もしそうだったら、私はすぐにぺしゃんこなのでは?
少し顔を引き攣らせて縮こまっていると、お堂の扉が開いた。
『あ、虎杖く…?!!大丈夫そのほっぺた?!!』
「ん?あー、平気平気!」
お堂の中から出てきた虎杖くんの頬は何かに殴られたかの様に腫れ上がっていた。本人が大丈夫だと言っているのだから心配ないのかもしれないが、見ているこちらとしてはなかなかに痛々しい。
「じゃあ、次はなまえね。悠二はここで待ってて。」
「はーい。頑張れよ!」
『うん、頑張る…』
緊張で止まりそうな足を動かしてお堂の中に足を踏み入れると、五条先生が扉を閉める。
正面を見ると、サングラスをかけた強面の男の人が…人形を作っていた。
あの人形……可愛い…趣味なんだろうか?
「あの人が学長の夜蛾正道学長だよ。」
『あ、えと、私櫻井なまえです。よろしくお願いします!』
ペコリとお辞儀をして顔を挙げると、学長は鋭い視線で私を射抜いた。
「君は、この呪術高専に何をしに来た?何がしたい?」
『…え?』
「君がこの呪術高専で何を学び、何を成し遂げたいのかを聞いているんだ。」
『…私は、虎杖くんの力になりたくて…』
「違う。君自身のことを聞いているんだ。」
虎杖くんの力になるために、と答えようとした所を強く遮られ、言葉に詰まる。
私自身のこと。…そんなこと、考えたことがなかったかもしれない。
すると、私が言葉に詰まるのが分かったのか、また学長が言葉を発する。
「君自身の目的はなんだ?悲願はなんだ?君だけの幸せはどこにあるんだ?!」
『……幸せ…』
学長の放った言葉が頭の中でこんがらがり、足がすくむ。
それを見てから、学長は自身の人形に触れる。すると…その人形が1人でに動き出した。
私が驚くのも束の間、その人形は私の腹に飛び蹴りを決めた。
『ぅあっ…!』
お腹の中の内臓が押し潰されて、息が詰まる。蹴られたお腹を押さえながら立ち上がると、学長がまた私に問う。
「君は何をどうしたいのか。そのビジョンが具体的にあるのか?君自身は一体、何をしにここへ来たんだ!!!」
『…私、は…』
だんだん明瞭になる視界の端に、昔の自分が、見えた気がした。
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