Debutのネタバレですらないようなネタバレをふくみます。しねたもふくみます。
いちおう続く予定。









「かおる、」


口は柔らかく笑みを形作り愛しげに細められ僅かに隠された蒼の瞳とその前で揺れる髪と同色の長い繊細な睫が陰を落とし陶器を思わせる幼さの残るなだらかな曲線を描く頬に完璧な角度で傾けられる頭に連動してさらさらと揺れる金糸の髪柔らかそうな薄いピンク色をした唇から漏れる声ははっきりと透き通ったアルト。
どのパーツを見ても、可愛らしい、美しいと表現の出来る翔ちゃんは完璧だった。どこから見ても可愛らしくて、綺麗で、整っていて、まるでお人形さんのような翔ちゃんは微笑む。人形のような、よくできたマネキンのような、作り物、みたいな笑顔。可愛くて、綺麗で、傾きの角度までミリ単位で計算されている。


「薫、どうかしたのか?」


再び不思議そうに首を傾げ、掛けられる声は今までの記憶の中のものと寸分の違いも無い。触れた手はつるつるしていて柔らかくて、皺染みの一つもない。整然と揃った小さな爪は黒いエナメルで塗られ、鈍く光を反射する。そのまま手を頬に移動させて目を閉じれば、変化のない36.5℃が、握った金属の冷たさを思い出させた。
かおる?心配そうに呼ばれた名前に応え、目を開ければ、自分をそのまますっかり映し出す蒼いガラス玉の瞳。自分の姿が表情までもよく映る。
きみは、いつだって綺麗だったね。
綺麗で、可愛くて、それだけだったね。





ガシャ、ン!


やんわりと微笑んだ顔で、かおる、と言い終わる前に、レンジを振り下ろした。


「・・・にせもののくせに、」
にせもののくせにまがいもののくせにつくりもののくせに。
震える手足にびくりと跳ねる胴に折れそうな首に、何度もレンジを振り下ろす。がきんと金属と金属がぶつかる不快な音を立て、反動で手が痺れるが気にしない。血液で濡れない唇が戦慄き、ノイズの混じった声の成り損ないの音が漏れ出す。抵抗はない。そういう風につくったから。そんな風にしかつくれなかったから。
レンジが叩き付けられた箇所は薄っぺらい人工皮膚が剥げて、鈍い輝きをした銀色が覗く。それでも偽物の笑顔は崩れない。叩き続ければ、鈍い銀の下に赤・青・黄・緑・白。血管のようなコードが何本も内側から伸びていた。ああ、そうだ。翔ちゃんもこんな風に、繋がれていた。身動きなど出来ない程、がんじがらめに機械に固定されて。ベッドに横たわって、コード、点滴で繋がれて管理されて。翔ちゃんは機械の部品に組み込まれて、漸く生きていた。生きる、とはどうやって定義したらいいのだろう。声も出さず目も開かず手も繋げず、息だけをしていた。ただそれだけの、機械の一部分のようだった。呼吸と鼓動の代わりに、耳鳴りみたいな正確な機械音だけを響かせて。僕はそれが恐ろしくて、ずっと耳を塞ぎたくて仕方がなかった。正確に一定の間隔で刻み続けた波形が、ある時、高く真っ直ぐな音に変わる。呼んでも誰も応えてはくれない。無音よりも耳なりの方がずっとマシなのだと気付いたのは、一人になってからだった。
顎を動かせばカチカチと壊れる直前の音を立てて、にせものは耳障りなノイズの混じった声で、また名前を呼んだ。



にせもののくせに、翔ちゃんみたいな声で、僕の名前なんか呼ぶな。
まがいもののくせに、翔ちゃんみたいな顔で笑うな。
おまえなんかおまえなんかおまえなんか。


翔ちゃんじゃ、ない、くせに。

グロテスクなコードを引き千切れば、それは漸く活動を停止した。皮膚の剥げた金属面の覗く顔は、笑顔のまま。口は名前の形を残したまま。荒い息とは反対に、心は驚くほど冷めていた。





「・・・・・・しょうちゃん」








どんなに翔ちゃんに似ていたって、これは翔ちゃんではない。
だって、翔ちゃんはとっくに、―――――――しんじゃったんだ。