拍手でぽちぽち書いてるなつきくんとしょうちゃん♀の二人です

















だって、ねえ。爪先から髪の毛一本まで、翔ちゃんはもう、僕のものでしょう?






晴れて、大好きな翔ちゃんとお付き合いを始めることになりました。
僕が翔ちゃんを好きになった切っ掛けとか、いつから、とかははっきりとはわからない。体が酸素を求めるように自然に翔ちゃんを好きになった。今ではもしかしたら酸素よりも、翔ちゃんが足りなくなったらしんでしまうぐらい、翔ちゃんを体が、心が必要としている。人生の半分以上を一緒に過ごしてきた感情はもう大切な、体の一部だったから。今までの関係を壊すことに恐怖を覚えなくはなかったけど、恐怖で完全に押さえ付けられる程、翔ちゃんとずっと一緒に居たいって、翔ちゃんが欲しいって気持ちは小さくなかった。
そうして押さえきれなくなった感情が零れて、好きだと告げてしまって、それに翔ちゃんが、わたしも、すきって消え入るような声で言ってくれたとき。どんなに小さくたって僕が翔ちゃんの声を聞き逃す筈がないけれど、聞き間違いじゃないかと思った。だってずっと翔ちゃんが欲しかった。ずっと我慢、していたから。衝動のままに強く抱き締めて、遠慮がちに、でもしっかりと翔ちゃんは僕の背中に腕を回してくれて夢じゃないってわかったとき。嬉しくって、幸せで、少し泣いてしまった。漸く求めていたものに満たされて、もうこれで酸欠みたいに、翔ちゃんが足りなくて苦しくなることはない。
と、思ったのに、人は欲深い生き物で。
翔ちゃんと付き合い始めても基本的には今までと殆ど変わらない。一緒に学校に行って、ご飯を食べて、家に帰っても一緒に居て。それはとても幸せなことで。今まで通りの生活が、今まで以上に楽しく感じられるようになったけれど。恋人になったってまだ、翔ちゃんが足りなくなることがある。
例えば、いま、とか。
翔ちゃんは男の子お友だちもいっぱいいて、楽しそうに話したり遊んだりしている。今日は男の子中に一人だけ混じって、サッカーをしていた。それは付き合う前からもしていたことで、他の子達は只の友達だと云うことはわかっているのだけど。キラキラした笑顔を他の子に向けるとき。シュートが決まって、嬉しそうに肩を組んでいるとき。翔ちゃんが足りなくて、苦しくて仕方がない。だって、僕は翔ちゃん以外、欲しくない。必要としてない。この感情を翔ちゃんにもわかって欲しいと思うのは、我が儘過ぎるかな。僕以外を見ないで、笑いかけないで、触らないで。そう思うのは傲慢かな。
翔ちゃんが誰かと仲良くしている姿を見るたびに、足りない、と体が悲鳴を上げる。今すぐにでも、本当は走っていって、みんなの前で翔ちゃんを抱き締めて、キスをして、翔ちゃんは僕のなんです!って言ってしまいたい。そんなことをしたら、翔ちゃんは怒るかな、照れてしまうかな、それとも泣いてしまう?普段、人前で手を繋いだり、抱き締めたりするだけで真っ赤になって嫌だと言う翔ちゃん。翔ちゃんからしたら必死の、僕からしたら弱々しくて可愛らしい抵抗を押し付けて抱き寄せて。僕だけのものだと主張出来たら、この欲求は満たされるのかな。それは凄く甘い誘惑で。いつだって、僕は翔ちゃんが欲しくて、欲しくて。最初は、翔ちゃんが僕を好きだと言ってくれただけで、満たされた筈なのに。いつまでたっても、欲求は尽きることがない。



「なつきっ!!」



グラウンドから翔ちゃんが僕に気が付いて、声を掛ける。楽しそうな笑顔で手を振っていて、その笑顔を見ると少しだけ満たされて、それからどうしようもない餓えに気が付く。手を振り返して、少し考えてから手招きをすると、翔ちゃんは一回首を傾げて、それでもこちらに走って来てくれた。


「那月!」
「 見てましたよ。翔ちゃん、すごかったね」
「だろ?…ところで那月、どうかした?」


窓の外にいる翔ちゃんと、一階でも建物の中にいる僕とでは元来の身長差も相まって、結構な距離がある。翔ちゃんは窓枠に手をついて精一杯に背伸びをしていて、それがとても可愛らしい。僕も膝を折ると、翔ちゃんとの距離が縮まる。とても、大切なお話をするから、翔ちゃんのどんな声も聞き逃さないように、どんな顔も見逃さないように、距離は近くないといけない。だって、絶対いつだって可愛い翔ちゃんは、いつにもまして可愛いところを見せてくれると思うんだ。


「あのね、今日、いっしょに帰ろう」
「?なに言ってんの?いつも、一緒に帰ってる
だろ」
「うん、そうですね。…あとそのまま、僕のおうちに来てくれますか?」
「そりゃいいけどさ…」


どうして、改まってそんなこと言うんだ?と不思議そうに翔ちゃんは首を傾げて。僕は翔ちゃんにもっと近付いて、触れてしまいそうなぐらいの距離になる。だって、今から言うことは翔ちゃんしか、聞いたって意味のないものだから。


「ね……きょう、家に僕しかいないんだ」



それでも翔ちゃん、来てくれる?
耳元で囁くように呟いて、少し顔を離すと、一瞬、?の顔をした翔ちゃんの顔が、意味を理解したのか、音を立てそうなぐらい一瞬で真っ赤に染め上がる。なっ、なっ、と言葉にならない言葉が、震える口からたくさん出てくる。もう一度、今度は吐息を吹き込むように耳に、だめ?と言えば、ひゃうっ!ともっと顔を赤くして飛び上がる。逃げだしそうな翔ちゃんの手を捕まえて、顔を覗き込めば、僅かに涙が浮かんでいて目が潤んでいた。それは凄く綺麗で、可愛くて、でもやっぱり満たされはしない。翔ちゃんの顔を見ると、声を聞くと、際限無く欲が出てきて。笑った顔が見たくて、怒った顔も僕以外に見せたくなくて、それからたまに泣かせたくなってしまう。これは、ぜんぶ、翔ちゃんだからなんだよ?わかっているのかなあ。わかってくれなかったら、何度だって翔ちゃんに教えてあげるつもりだけれど。
やっぱり逃げ出そうとしたみたいで、だけど僕に手を捕まれて出来ず、その場であたふたとして口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返したけれど漸く大人しくなって。言葉にするのを諦めたのか、ゆっくりこくん、と頷いて暫くしてから、…………いく、と消え入りそうな声が聴こえた。俯いて顔が見えなくたって、髪から覗いた耳までも真っ赤に染まっていて。どんなにか細くて周りに掻き消されそうな声でも、翔ちゃんの声が僕に届かない筈はない。



「……………翔ちゃん、かわいい…」


そのまま翔ちゃんの顔を胸に押し付けるように抱き込んで呟けば、小さく零れてしまった声を翔ちゃんも拾ったらしく、僅かな抵抗を感じるけどそのまま抱き締め続ける。少し怒ったような声で、名前を呼ばれたけど気にしない。今は、離してあげない。みんなの前で抱き締めて、キスをして、僕のもの宣言をするのはやめようかな。だってねえ、翔ちゃんの笑ったところも、怒ったところも、泣いたところも、恥ずかしがってるところもぜんぶ僕だけのもの。こんな可愛い姿は僕だけが知っていればいいし、他の人になんか1mmだってあげたくない。それに、どうせ泣かせてしまうんだったら、ふたりきりのときの方がずぅっと、翔ちゃんは可愛くなってくれるでしょう?