「あなたはだれなの、」


私は人形だった。きれいに、特別に造られた人形だった。女の子が憧れ、男の子が恋い焦がれるような。"小悪魔"、"ミステリアス"、"ツンデレ美少女"だとか、僅かな記号と情報で組み上げられた、作り物。性別すら只の記号で、男・女と書かれたら、目を瞑って丸を付ければいいだけのこと。秘密にすることで不自由は確かに付き纏ったがその分、自由でもあった。私は笑わない。泣かない。怒らない。誰かを、見ることはない。私は人形だったから、見られることが仕事でも、誰かを見つめる必要はなかった。作り物故に、何かを作り出す必要はなく、又、ナニカを産み出すなんて不可能だった。最初から人格は望まれてはいない。私は其処にいて、彼処にいて、何処にもいない。正に"夢"の世界の住人だった。
だから、俺は此処に居られて。
私は直ぐに居なくなった。


「…………だれか、にゃ、ぁ?」


情報に記号に妄想に偶像に雁字搦めになる。HAYATOは笑う。明るく笑う。一切の負の感情は持ち得ない。HAYATOは泣く。HAYATOは怒る。そうして、最後には笑う。所詮は総て、(泣)で(怒)程度のもの。只の笑うための前段階だから。作ったものではなく、与えられたもの。台本のままのHAYATOはこうする、を予定通りに、それか良い意味で予想を裏切って。望まれたのは人形ではなく、にんげんだった。見て、感じて、聴いて、五感は健常に働いて。HAYATOは人間になった。感情は柔らかく矯正を強制され、悲鳴は叫声へと代わる。あれは誰の叫びだっただろう。嬉しい!×××い!私の言葉にはいつだってノイズが混じる。僕は何も知らないよ?首を傾げたのはいつも通りの笑顔の誰か。重なったのは人形のような無表情。鏡を置くよりきっと、自分の姿がよく映った。
僕が生きられたら、どれだけ楽だっただろう。目の前の人形の少女は長い髪を捨て去って、ヒールの高い靴を脱ぐ。羽根みたいに軽く、夢の世界の住人は夢のまま還っていく。そうして、漸く人間みたいに笑うのだろう。羨ましくて、嫉ましかった。消えれることが、消えないことが。頭からは誰かの悲鳴が鳴り響いた。捨ててもいいよ、ひとりで歩いてゆけるから。この言葉が嘘に変わる前に。大事に壊してしまってね、一度限りのぼくだから。体が震え、涙が一筋零れ落ちる。泣いた、のなら笑わなくては。それはHAYATOも私も同じこと。僕も私も誰かも、いつかは居なくなってしまう。
私は"夢"の世界に居られない。
僕の世界は何処でもない。




「……本当にすき、でした、」




自分達は確かに存在したのだと、最期にみっともなくとも足掻いて、縋り付けたら。たった一つの選択を、産み出すことも捨て去ることも、出来たのかもしれない。









私はアナタみたいになりたかったのです。
知らなかったでしょう?