はこにつめてしまってよ


この部屋に閉じ込められて365日。うそ。本当は月日なんて数えていない。季節の移り変わりだって知らない。普通とは逆に昼間はカーテンを締め切って、夜、僅かな星が瞬き始めたらカーテンを開ける。照らし出されることに恐怖を覚えてからは、日光は猛毒以外の何物でもなくなった。
窓から見える光景は毎日いつでも変わらず、他の家の灯り、街灯、どっかのビルのネオン、それから人工の光に負けそうな弱々しい星が映るだけ。その夜空だって時折横切る飛行機その他の光に凌辱されて、本当の星空かなんてわからない。お星さまがしんじゃったんだと泣きながら、那月は言って以来、空を見上げようとはしなくて。代わりに俺は空を見上げた。那月が死んだと言った星がどこにあったのかなんて勿論俺にはわからない。乏しい、とは言っても数え切れない程度にはある星も、もしかしたら毎日刻々と減っているのではないかと数えては、邪魔が入って数え切れないで短くて長い夜は終わる。
いつまでおそらをみているの?
今夜の星は25個。あと何度夜を数えたら。
ぼくをみて。
星空の果てとやらに辿り着けるんだろう。



「あ……冷蔵庫の中、空っぽになっちゃたみたい」
「じゃあ、買い物行くか」
「うん、」


手を繋いで、荷物は半分ずつ持って歩く。端から見たらおかしいぐらい仲の良い男二人、に見えなくもないかもしれない。人がいる時間に出掛けることはないから関係がなくとも。手を繋ぐのは首輪の代わり。どこにいってもどこにもいけない。必要ないと言ったなら、腕は切り落とされてしまうのだろうか。
那月は、いきたい場所も帰る場所もとっくになくなったことに気付かない。鎖はとうに錆びて腐り落ちた。鍵なんかほんとはすぐに開けられた。那月は気付かない。俺は気付かないフリをする。狭い部屋。窓と扉は一つずつ。どちらからだって簡単に出ていけた。外へでも地面へでも空へでも。
脚でも腕でもどこでも切ってしまってよかったのに。五体満足な体をたまに持て余しては、安心することに失望する。そうやって毎日絶望して、ちっぽけな希望にすがって生きていたいだけだった。外で見る空は広すぎて恐ろしい。そう感じたときには、もう。引き返すなんて不可能だったし、そんな意志もなかった。
全貌なんて覗けやしない四角く区切られた夜空に安堵する。これなら、まだ。星だって数えきれるかもしれない。愛情や執着というよりは、諦めきれなかったちっぽけなプライドとそれを捨てることへの怯えなのだろう。意味がなかったと、簡単に切り捨てられるものじゃない。正誤で語れる話なら、初めから選んでいなかったんだ。俺は、何も言わない。俺たちはいつだって肝心な時には言葉が通じないから。同じ星の元に生まれていたって。同じ星を眺めていたって。重なることは、きっとない。





「・・・ふっ・・・ぁあ、っ!」
「・・・・・っ、」




いつだって部屋は甘いような獣臭い匂いがする。室温は22.5℃。脳ミソは常温のまま溶けていった。身体の殆どの感覚も溶けて二人の間隔はなくなった。飽きるまでセックスをして、飽きたらセックスをして。そんな風にぴっとりと一日中抱き合って。那月はパジャマの下だけで、俺はパジャマの上だけで。啼きはらした喉ではもう唄えない。出てくるのは母音だけの意味のない羅列。二人だけの部屋で話すことはすぐになくなった。言葉を忘れそうになるたびに、しょうちゃん、と呼ぶ声で自分の名前とこいつの名前を思い出す。
なつき。なつき。かわいくてよわくてかわいそうななつき。どこにもいかないでそばにいてぼくだけをみていてねおいていかないでおいていかないでひとりは、いや。泣きはらした声で唄える歌はなくなった。那月も俺も、もう唄えない。二人でいるなら唄う必要はないからそれでもいいと思ったけれど。どうしても何かが溢れだしそうになることがある。二人で唄える歌は何処にもないのに。いっそ声帯ごと切り離してしまえたら、悩まなくてすんだかもしれない。でも、そうしたら。誰がこいつの名前を呼んでやれるっていうんだ。
切り取られた空。名前も知らない星と、どこか遠くで作られた星座たち。正しく線を結べたところで、俺には何の形にも見えやしないけど。星にも、星座にも意味が、物語があるのだと楽しそうに語っていた那月。知らない誰かが産み出したお話に興味はなかったけれど、何度も星を眺めながら、なにか話をしてとねだった。その度に那月は頭を柔く撫で、あの星はねと、ゆっくりと話し出す。目を閉じて、子守唄みたいにその声を聴きながら、音にだけ身を委ねる。ただ那月の声の柔らかさとあたたかさを受け止めていたかっただけ。照れ臭くて、伝えることはなったけれど。
ああ、そうだ。ペテルギウスだ。死んでしまった星の名前。先に遠くで迎えた終焉。今夜の星は19個。毎日星はしんでいく。なあ終焉、お前はどこにいったんだ?俺はどこにもいけなかったよ。



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