僕が唯ちゃんを好きになったのは運命的、よりは必然的って言葉が似合うような当たり前のお話。








「なつき、すき」


唯ちゃん唯ちゃん。唯ちゃんはずっと小さくてふわふわしてお姫様みたいに妖精さんみたいに、僕を迎えに来てくれた天使さまなんじゃないかと錯覚するぐらい可愛い女の子。
いや、産まれた時から、唯ちゃんは僕の、ちいさなかみさまだった。

僕は、ずっと翔ちゃんが好きだった。学生時代から現在に至り、10数年に近い年月を共に過ごした恋心は、もう身体の一部に組み込まれてしまったぐらい当たり前に僕の中に存在していた。僕は翔ちゃんが好きで、友達、仲間、ライバル、それらを越えた感情で彼を想っていた。けど、僕は選んでは貰えなかった。
翔ちゃんが選んだのは、手を繋いで生きる決めたのは、あったくて、ひだまりのようにやさしく、可愛らしい女の子。僕も、彼女が大好きだった。やさしくて、可愛らしい彼女と、強くて、やさしい翔ちゃんはとてもお似合いだと思う。いつだって、自分の幸せより、誰かの幸せを考えてしまう二人がお互いを一番に大切にしようと決めたのは、とても喜ばしいことで。だから、それでいいと思ったんだ。僕は翔ちゃんが好きだったけど、彼女だって好きなんだから。二人が幸せになることが僕の幸せだって。いつかこの恋が思い出になる日を想って、二人の友達として生きていくことにした。
けれど、何年経っても、何人かの人とお付き合いをしても、僕が翔ちゃんを"好き"なことは変わらなかった。
ずっと苦しくて、寂しくて、それでも二人の不幸なんて願えないでいたとき、唯ちゃんが産まれたことを知った。最初は、どうしたらいいのかわからなかった。会いにいくのが怖かった。
唯ちゃんは、翔ちゃんのこども。僕の大好きな人のこども。僕の、好きな人を奪った人のこども。彼女を見たら、僕はどうなってしまうんだろう。見苦しく喚いてはしまわないだろうか。二人の不幸を、望んでしまうんじゃないか。
けれど、そんな危惧は直ぐにただの懸念に変わる。小さな、柔らかすぎる手が僕の指を儚くそれでも強く、握り返し、ゆっくりと空色の瞳が覗き僕を見上げたとき。僕の長すぎた恋は漸く、終わり始めた。僕はこのこを愛することを、守ることを決めた。恋ではなくても、愛にはなった。僕の恋が叶うことはなかったけど、その結果に唯ちゃんが産まれたのだとしたら。僕が選ばれなかった結果が唯ちゃんなら、それは正しすぎる選択。間違いなわけがない。こんな素敵な贈り物をくれたかみさまに、翔ちゃんに、彼女に。感謝以外の何をあげろって言うんだ。


「なつき、すきだよ」


僕の漸く腰あたりの身長の唯ちゃんはそう言って、僕を後ろから抱き締める。逃がさないって全身で表現をされる。僕も唯ちゃんが大好きだよ、と言うとそうじゃない!と不満を漏らされ、腕の力がより強くなる。それでも僕にしたらか弱い、と表現できるような可愛らしい程度のものなのだけど。唯ちゃん。可愛い唯ちゃん。今でも十分に可愛い唯ちゃんはきっともっと可愛くて綺麗な女の子になる。そうして、王子様みたいに素敵な男の子を選ぶんだろう。王子様が迎えに来るまでの間。唯ちゃんが本当のお姫様になるまでの幼い、恋心未満の感情。わたし、おとうさんと結婚するの!と、何の差異もない。唯ちゃんに好きと言われるとあったかくて、しあわせで、寂しくなった。きっと、唯ちゃんはいつか忘れてしまうんだろう。それか好きな人の隣でこんなこともあったんだって、微笑ましい思い出として語りあうんだろう。それは、凄く幸せな光景だ。僕はそれが見てみたい。きっといつかと同じようにあったかくて、やさしくて、さびしくて、少しだけ切ない気持ちになるんだろう。娘に恋人ができた父親の心境、と言ったら翔ちゃんに怒られてしまうかな。でもそれまでの時間はどうか。僕にも、このこを守らせてほしい。僕の身体に回りきらない細い腕を掴んで、それから小さな手を握る。手を繋いで歩くことは、いつまで許される?横に並んだ小さな頭を壊さぬようやんわりと撫でると、顔を赤くした唯ちゃんが僅かに頬を膨らませた。


「那月、好き」


翔ちゃんによく似た顔で、笑い方で、それでも彼女の温かさをどこか感じさせて、唯ちゃんは笑う。唯ちゃんの身長は結局、僕の胸を超えるか超えないかぐらいで成長を止めて小さなままだった。唯ちゃんは変わらずに可愛く、そうしてやっぱり凄く綺麗になった。そうして、僕を好きだと言う。愛しているんだと言う。もう僕は気軽に唯ちゃんを抱き締められない。唯ちゃんも僕に抱き付いてはこない。僕も唯ちゃんのことが大好きですよと言えば、本気で言っているのだと真剣な顔で見つめられる。唯ちゃんにもいつか必ず僕以外の王子様が現れる。そう、思っていたのに、王子様を見つける必要はないと唯ちゃんは否定する。
僕の恋は叶わなかった。けどその代りに唯ちゃんに出会えた。長年、寄り添った僕の片想いを過去形に変えてくれた。それで、十分。もう、恋愛とは無縁に、大好きな人たちの幸せを祈って、見守って、穏やかに生きていくのとばかり思っていたのに。一番、大事で、大切で、幸せになって欲しい最愛の少女は、僕に愛を囁いてくる。



「私は那月のために生まれてきたんだから、」
「もう、私に愛されちゃえばいいんだよ」




甘やかで、小さな白い手が差し出される。唯ちゃんはこうやっていつも、戸惑う僕の手を掴んで、引っ張っていってしまう。僕からは手を伸ばすことも、掴むことも出来ないで立ち尽くす。でも、どうせいつの日か唯ちゃんは笑って、いとも簡単に僕をしあわせにしてしまうんだ。