ひとのいのちはかみさまに食べられてしまうんだって。

かわいいこはあまぁい味がする。優しい人はおかあさんが作ったおやつのようなやさしい味がする。爽やかな人はレモンみたいな柑橘類みたいな甘酸っぱい味がする。寂しがり屋さんは少しだけしょっぱい味がする。
かみさまだって美味しくないものよりは美味しいものが好き。だから美味しそうな人から先へ、先へとかみさまに食べられてしまう。かみさまは美味しそうな人たちをずっと狙っていて。夜空のテーブルにディナー兼ランチ兼3時のおやつとしてお星さまをたくさんたくさん並べている。どれから食べてしまおうかとパクっと口に入れてひと呑みにしてしまおうか、それとも噛んで、切って、細かくしてから食べてしまおうか、あめ玉みたいにコロコロと転がして舐めて、堪能してからごくんと呑み込んでしまおうかと、舌舐めずりをしながら今か今かとその瞬間を待っているの。返して、って泣いて叫んだって、もうかみさまのお腹の中でぐるぐるに溶かされて返してはもらえない。食べられてしまったら二度と戻っては、こない。


「…………なつ、き?」
「……ううん、なんでもないよ、」


おやすみなさい、と瞼にキスを贈れば納得していたないようだったけど、目を閉じてそれから静かすぎる寝息が聞こえ出す。蜂蜜が溶け込んだみたいな甘い金色の髪、ミルク色をした仄かにピンク色の肌。ちっちゃくて、苺みたいな色の唇。僕から見たって翔ちゃんは凄く美味しそうで。かみさまからしたら、それはそれは美味しそうな、特別な日の特別なケーキみたいに素敵なご馳走だったんだろうね。
空にあんなにたくさんきらきらとお星さまはあるっていうのに、かみさまはまだ食べたい、まだ足りないって翔ちゃんも食べてしまおうとしている。一口で呑み込んでしまうのは勿体ないからってゆっくりじっくり時間を掛けて。どこから食べようか、それはそれは甘いクリームから?ふわふわのスポンジから?それとも宝石みたいに飾り付けられたフルーツから?そんな風に楽しみながら悩んで味見を繰り返しているんだろう。美味しそうなところからフォークを刺して、切り崩しているんだろう。毎日毎日少しずつ一回りすつ小さくなっていく翔ちゃん。かみさまは欲張りで、いつもお腹を空かしている。どれだけ食べてもお腹いっぱいにはならないから、今日はこれにしよう、っていっぱいのお星さまの中から選んで口に放り込む。翔ちゃんはとっても甘くって、やさしくって、甘酸っぱくて、それから少しだけ隠し味にお塩を入れたお菓子みたいな味がするんだろうね。夢みたいに素敵な味がするんだろうね。どんなに隠したって、一際美味しそうなご馳走を、かみさまは見逃したりなんかしてはくれなかった。



かみさま、お願いします。
翔ちゃんを食べてしまわないでください。お星さまをぜんぶ食べてしまってもいいから、あんなにたくさんあるんだから、いいでしょう?翔ちゃんは、翔ちゃんだけは食べてしまわないで。
代わりにぼくを食べてもいいから。


翔ちゃんが眠った後はいつも、お星さまなんてなくなってもいいからと言っている癖に、僕は必死に夜空のお星さまに向かって、その先の誰かに向かって、ずっとバカみたいに祈っていたんだよ。翔ちゃんがまた目を開けてくれるまで、いつ食べられてしまうのかと不安で怖くて泣きそうで。手を繋いでいたら空に、お星さまには上げられないって信じたかったんだよ。何度だっておはようって、おやすみなさいって言った後には言いたい。バイバイの後にはまた明日って笑って欲しい。ありがとうって、大好きだっていっぱい言わせて。
食べられてしまわないでいなくならないで、それか食べられてしまうなら僕も一緒に。でも、僕は食べてはもらえない。しょっぱいだけの僕を、かみさまは選んだりはしない。だから代わってもあげられない。欲張りで食いしん坊な癖に、美食家で、気紛れで。草を花を食べる動物がいたらまたそれを食べる生き物がいて、人間はそれを更に食べて。その次は人間を、かみさまは食べてしまうの。そうして世界は回っていくんだって。それを当然だと、悲しくないと思えないから、だから、僕は食べてもらえないんだ。
髪の毛と同色の甘い睫毛が揺れて、ゆっくりと瞼が持ち上がると現れるのは、星のない空と同じ色をしたまぁるい大きな瞳。どんなお星さまよりもきらきらと輝いて、どんなあめ玉よりも美味しそうだから、かみさまだって気づいてしまったんだ。


「……なに、泣いてんだよ」
「約束、です」
「うん?」
「僕はずっと、翔ちゃんと一緒にいます。ずっとずっと、」
「………………うん、」



ありがとな、笑った翔ちゃんはやっぱりきらきらと輝いて、可愛くて優しくて、どこか寂しそうだった。彼の甘さもやさしさもしょっぱさもぜんぶ煮詰めてどろどろに一緒に溶けてしまえればいいのにと、まだなくなってはいないお星さまに願った。













だけど結局、
僕は食べてもらえなかったんだ