※薫くんがやんでいます。少しでも不安、不快感を抱きそうになったらブラウザバックしてください。














































翔ちゃんには悪い霊が憑いているんだよ。大丈夫だよ翔ちゃんは何も悪くなかったんだ全部、悪いのは全部全部全部ぜんぶ悪い霊のせいなんだから翔ちゃんが悪いわけなんてないってずっとわかりきっていたけどこれでやっと不幸の原因がわかったんだよ!お医者様も先生も神様も教祖様もあの霊能師さんも詐欺師も翔ちゃんを助けてはくれなかったけど今度は大丈夫!僕が翔ちゃんを助けて、救って幸せにしてあげるからね
だから、悪いものは祓わなきゃね





頭の上から冷水を勢いよく掛けられて、髪の毛から服から水が滴る。寒いや冷たいを通り越してもはや痛い。薄いシャツを身に纏っただけで、しかもそれがびしょ濡れであるのだから冬も盛りであるこの時期、室内であったって寒くない筈がない。暖房は気を浄める妨げになるからとずっと前に切られて、"浄める"ために冷水を撒き散らされたこの部屋はもしかしたら外よりも気温が低いかもしれない。指先の感覚はすでに無くなり、自分で自分を抱き締めたって、とうに冷えきった体では何の役にも立たなかった。それでも、薫もやはり薄着で、ひたすらに水を掛け続けて、俺には理解出来ない言葉を同じく冷えて青褪めた唇で繰り返す。

ごめんな。

何をされたって何を言われたって、浮かぶのはいつだって謝罪の言葉だけだった。
俺は生まれつき体が弱かった。心臓には生きていくには致命的な欠陥を抱えていて、そのせいで体力があまりない。だからなのか風邪やちょっとした病気になるのはしょっちゅうで、入退院を繰り返していた。その度に双子の弟である薫はどちらが病人なのかわからないほど弱々しく泣きじゃくって。僕が、翔ちゃんの元気を取っちゃったから、僕が産まれたから、ごめんなさいとと言う。何回お前のせいじゃない、これは誰のせいでもないんだと言ったとしても全く聞き入れはしないで。本当に謝らなきゃいけないのは、俺の方なのに。薫はもっと自由に生きていい筈なのに。けれど俺はそれを口に出すことさえ、許されはしない。俺の言葉は薫を更に追いつめるだけだろう。そんな只の自己満足許しちゃいけない。俺が赦されるのは、薫が自分を赦せた、ずっと後の話でいい。この弱くてやさしいおとうとの苦しみの原因は凡て俺にあるのだから。お互い、いつまでたっても、平行線のままだと気付き口には出さなくなっても、納得しあえた訳じゃない。赦し合えた訳じゃ、ない。
例えばもし本当に薫に、何らかの罪があったとしたら。俺はとっくに、薫を赦しているんだ。
妬んだこと、羨んだことがあることは否定はしない。健康で、外を自由に走って遊べる片割れと、ひたすらベッドで眠れもしないに寝続ける自分。その対比を、理不尽さを、誰かを恨んだことがあったとしても。その誰かに薫だけは当てはまらない。だってどうして、恨んで憎めるっていうんだ。外にだって自由に居られるのに、僕はおにいちゃんと一緒にいるんだと手を握った半身。綺麗なものを見つけては俺に見せに来て、宝物だからおにいちゃんにあげると笑った片割れ。薫の笑顔に、やさしさにどれだけ救われたのかなど数えきれない。やさしい、いとおしい、おれのおとうと。薫はただ、しあわせにしたい、しあわせになりたいと言っているだけなのに。誰かが、それこそ神様とやらが薫を赦さなくたって、俺は薫を赦してる。お前は悪くないと何度だって言ってやれる。
ばしゃりと再び水が頭から掛けられ、薫は何かを呟いた後、今度は肩を押さえられシャワーをひたすらに掛けられた。冷水が口から、気管に入り咳込んでしまう。もう少しだよ、もう少しで翔ちゃんはしあわせになれるんだ、と言った薫の顔は真っ青で、苦しそうで。発作の度、俺はいつもこんな顔を晒していたのだろうかと何も言えなくなってしまう。


ごめんな、薫。俺が弱く産まれたせいで。

だから強くあろうとした。自分が、薫が、誇れる兄でいられるように。病気だとか体が弱いだとか関係がないぐらい。苦しかったら、笑って見せよう。痛みなんて超越してやろう。泣くな、たいしたことないんだからと片割れを慰めてやらなければ。目の前では同じ顔が苦しい、痛いと悲しそうに泣いている。その笑顔を奪っているのは、他の誰でもない俺だ。なら、やるしかないじゃないか。他にどれだけ多くの人を笑顔に出来たとしても、このたった一人の弟を泣かせているなら意味はないんだ。
虚勢かもしれなくても、強くあれるはずだった。だけど心がどんなに強くなれたって、薫が気にしているのは体の方で。俺が強く、誰にも負けないようにと、挫けないで精一杯生きようとすればするほど。薫は翔ちゃんはこんなに強いのに、とまた気負っていく。俺がしてきたことは無意味だったのだろうか。逆に、薫を追い詰めていただけだろうか。薫の瞳はいつだって綺麗で、でも其処に映っていたのは誰だっただろう。誰を見ていたんだんだろう。知っていれば、何かが変わったのか。
本当は、怖かった、苦しかった、痛かった。でもそれを表したら、きっと薫の方がこわくてくるしくていたいんだ。俺は、そんな薫を見たくなかっただけ。結局、俺はいつだって自分のことしか考えていなかったのかもしれない。だって、俺たちは間違ってる。薫はきっと、間違っている。今、この状況が"しあわせ"な筈はないから。
視界は、霞む。体はもう動かない。手を伸ばすことも、抱き締めることも叶わない。呼吸すら、上手くはいかない。それでもどうにか口を、声帯を震わせて声を絞り出す。







「……薫、」
「大丈夫だよ、翔ちゃん」
「俺の言葉はもう、」
「大丈夫、僕が、助けてあげるからね」
「届かないのかな」








ごめんな
         ゆるして





title by ハルシアン