那春ルートのようなちがうような砂翔ちゃんになりたかったもの。






どうやったって、バッドエンドになるってわかっているのに





砂月の一番が誰かなんて考えるまでもない。一番、大切で大事で守りたくて幸せになって欲しくて幸せにしたくて愛してるのは。けれど誰かを一番と、特別だと定めたとしても。それでも、それ以外の人に、ものに、興味でも関心でも好意でもなんでも、負の感情以外を持っちゃいけないなんてことはないはずだ。感じることは罪ではない。置き去りにする必要なんて。だけど砂月は異常なまでに那月以外に対する感情を否定する拒絶する。偏屈なまでに厳格に。神経質で偏執的に。那月のために。那月のためだけに。これ以上ない免罪符を手に入れて。たった一つを信仰する狂信者のようだと、思う。



「おい、」
「何、考えてんだよ」
「……別にーなにも、」


その返答が気に食わなかったのか、チッと面と向かって舌打ちをされる。今更それぐらいじゃ腹も立たないし、怯えもしない。言葉を、感情を受け入れられないならあとはもう行動で示すしかないと、怒鳴られても噛まれても殴られても俺は砂月から離れなかった。どうして、と聞かれたって俺にもわからない。それこそとても簡単な"好きだから"で表してしまえるのかもしれないけど。この感情を、焦燥を、渇望を、執着を、只の好意だと言いたくなかった。耳を塞いだって鳴り止まない、心の深いところ、柔らかいところに植え付けられた音。雛鳥の刷り込みに近いのかもしれない。本人の意思も何も関係なく。
俺も人のことは言えないな、と漏れた苦笑に苛立ちと呆れを混ぜたため息。許容ではない、諦められただけ。でもそれで充分だった。だってこいつは今、ここにいる。那月ではない、砂月が。頭を撫でることも、抱き締めかえすことも、笑いかけることもない。それが証拠で証明。無理矢理抱き締めた体からは順調に命を刻む、穏やかな心音が聴こえるというのに。それでもこいつの方がきっと、先にいなくなってしまうんだ。予想でも予感でもなく、紛れもない予定調和として。誰も望んでいなくても、こいつが望んでしまうから。
目を閉じて、音だけの世界に身を委ねる。支配するのがこいつの音なら悪くない。そう思ったのは、本当なんだ。くだらないと言われるかもしれないけど。くだらなくたっていい。砂月は、消える。いつかいなくなる。そのいつかが、どうして。もっと先だっていいはずなんだ。それこそこのガラクタの心臓が壊れた後だって。いつかなら、遠い遠い未来の話でいいのに。終わりなんて見たくない。終わりを迎える覚悟が出来ていても、誰かの終わりに遭う覚悟なんかしていなかった。


「……こういうのは、那月にしてやれ」
「、しねぇよ」




"儚い"では綺麗過ぎる。そんな綺麗なだけの言葉で、表してしまいたくない。こいつはもっと綺麗で、歪んでて、強くて、寂しくて、優しくて、弱くて、どうしようもなく酷い奴だ。
砂月が消えたとしても、消えるものなどなにもない。記憶が、感情が、関係が残っていく。どうせ、どうせ消えてしまうというのなら、全部拐っていって欲しかった。
記憶が残る。俺にも、俺以外の人間にも。
嬉しい。苦しい。悲しい。寂しい。妬ましい。
全てを記憶していることの喜びと絶望をアイツは知らない。或いは知っている癖に消えようとするのだから、本当に酷い奴だ。矛盾を、溢れた感情を受け入れられなかったから、砂月は生まれた。いつだって、那月のためだけに。他の人間は関係ない。たった一人のためだけ。酷い、奴。悪者にでもしてなきゃ、やってられない。ひどくて、きたない。誰が、なんて言う必要はない。那月の幸せも不幸せも許せない。関係ないくせに、受け入れられていないくせに。
重ねて、透かして見ていたのかもしれない。自分と、自分によく似た誰かと。いなくなるなと泣いて、喚いて、縋れてしまえたらどれだけ楽だろう。でも、それは俺だけはしてはいけない。許されない。俺だって結局、ひどいやつだから。
零れそうな何かを隠すために、より力を込めて抱き付く。もう舌打ちも、ため息も返ってこなかった。頭を撫でられることも、抱き締められることも、笑い掛けられることもない。それでよかった。一番になりたいわけじゃなかった。ほんの少しでも片隅にでも僅かに残れたら、受け入れられなくてもよかった。ただ、もうすこしだけ、"いつか"を信じてみたかった。
終わりを前提とした恋愛に意味はあるのだろうか。意味は、あったのだろうか。たとえ、なかったとしても。この感情が、記憶が砂月がいる証明になれば。少しは許される気がした。救われる、気がした。自分が、砂月が、置いていく誰かが。温かさが悲しくて、愛おしい。泣きたくなる感情を、自分だけじゃないんだと、ひとりじゃないんだと。そのぐらいの慰みぐらい許してくれないだろうか。傷以外の、それに寄り添う、内包するものに。なりたかった、なれると、信じていた。










どうやったって、バッドエンドになるってわかっていたのに、