那月は私をとても綺麗なものを見るかのように見ることがある。触れてはいけないもの、触れたら壊れてしまうもの。汚れてしまうもの。
私はそれが擽ったくって誇らしくて嬉しくて、それから、どうしようもなく煩わしかった。
可愛いと人形か仔猫のように扱われて、好きだと砂糖を溶かして煮詰めたような笑顔で言われる。お人形、ぬいぐるみ、小動物、その他小さい、可愛いもの全般。那月が好きだと言うものたち。その中に私は含まれているんじゃないだろうか。人間の、女の子ではなく。だから簡単に可愛いとか好きだとか言ってしまえるんだ。私に好きだと言うのもぬいぐるみや小動物への延長線上の好意でしかない。那月を今更、普通と云う枠に納めようとするのは無駄なことかもしれなくても。私は只の平凡で普通の女の子であるのだから。可愛いと言われるのは女の子として照れくさいのだけど、嬉しくないわけではない。だけど那月が言う"可愛い"にはもう素直に喜べなくなった。だってそんなの、意味がない。私がなりたいものじゃない。不満や疑惑は私の中でもやもやと漂って、溜め息として僅かに漏れた。


「翔ちゃんどうかした?」
「……んー……なんでも、ない」



そう?と私を後ろ抱きにして何が楽しいのか髪の毛を弄っている那月は鼻歌でも歌いだしそうなくらいに上機嫌だ。何度文句を言ったって、那月は辞めようとはしなくて。背中からじんわりと伝わる温もりにはいつまでたっても慣れる気がしない。トクトクと穏やかなリズムを刻む心音と自分のものとの差が悔しくて、恥ずかしい。抱き締められて、手を繋いで、頭を撫でられて、こんな風に座らされる。それは曲がりなりにも17歳の男が15歳の女にすることにしては行き過ぎている、と思う。恋人同士であったならおかしくはない行為なのかもしれないけれど。別に私と那月は別に恋人、では、ない。
那月は、私にそれ以上のことはしてこない。当たり前と言えば当たり前で、だけどどうしてもそれに不満を感じている。私を可愛いと、好きだと云うくせに。期待、させるくせに。きっと、那月は私を同世代の女の子と見ているんじゃない。勘違いをしそうになる度にそう自分に言い聞かせる。私をとても純粋な、綺麗なものであるかのように見る那月。勿論、私は自分自身を特別、綺麗な人間だと思ったことはない。普通にそれなりの欲求があって、人並に、恋愛だとかその先だとかに興味がある。ぬいぐるみはさておいて、人形や仔猫と例えられるのは女の子として喜んでもいいことのなのかもしれないけれど、それらはどうしたって綺麗で、可愛いだけで、特別な感情を、有り体に言えば恋愛感情だとかを向ける対象とは違う。私がなりたいものは。可愛くも、綺麗でもないかもしれない。綺麗だと思われているのなら、そう思われる存在のままでいたい。それと同時にそんな幻想なんか破ってしまいたいとも思ってしまう。綺麗でいたい可愛いと言われる存在でありたい。だけ
ど、そんなの不可能なのだからいっそのこと。こんな風に触られる度、近くにいればいるほど、綺麗じゃないかもしれない欲求が頭を擡げる。もっと、とこれ以上を強請りたくなる。私はそんなに綺麗じゃない、純粋じゃない、無垢でもない、子供じゃあないんだから。触られて、抱き締められて平静ではいられないってわかってほしい。


「ふふ、翔ちゃん新しいピン可愛いですね」


すっごく似合ってます、可愛い。徒に髪の毛にキスをされても。どうせ那月は私のことなんか可愛いもの好きの延長か、妹程度にしか思っていないとキッパリ諦めてしまえれば、楽になれるんだろうか。だけど、感覚なんてあるはずもないのに、触れられた感触を忘れられそうになくて。火照る頬だって隠せそうにない。もう本当、いい加減気付いてほしい。趣味とは少し違うピンやアクセを付ける訳だとか、目の前で短いスカートを穿く訳だとか、化粧をしてみたりだとか、それらが自分の為以外には誰の為にやってることなのか。どうしたら那月は、私が只の普通の15歳の女の子だって理解してくれるのだろう。触ったって壊れたりも汚れたりもしないけれど、だからこそ、こんな風に簡単には触らないでほしい。再び漏れた溜息に、やっぱり何かありましたか?なんて心配そうに尋ねてくる那月の頬を抓って、いひゃいです、と悲鳴を上げる間抜け面を睨みつけて、それから吹き出す。こうなったら私からなんて絶対、言わない。意地でも、気軽に触れないような存在だって気づかせてやる。だって私は、綺麗でも純粋でもない。諦めだって、よくはない。なにするんですかぁと涙目で非難する声に答えないで、立ち上がった。
ぜんぶ、お前のせいなんだよ、ばーか。