「那月は、あのチビが好きなのか?」
「"チビ"だなんて言ったらまた翔ちゃんに怒られちゃいますよ」



あと僕のこともおにいちゃん、って呼んでくださいね。
めっと全然怒気は感じられない笑顔で那月は言った。小さな子供に言うような、実際俺は小さな子供に過ぎないのだろうけど、そんな扱いは好きじゃない。けれど小さな子供であることを理由にして、自分より大きな手を独占出来ているのだから、面と向かっては文句は言わない。そもそも那月がすることで嫌に思うことなど俺には有り得ないないのだから。しかし僅かながらの抗議を込めてあにき、と呟くと、それはあんまり可愛くないですねぇとやはり気にしていないように上機嫌で言った。そういう那月だって、何度言われたって、あの"チビ"な先生を先生とは呼ばない。嬉しそうに翔ちゃんと呼び続けている。那月は自分で気がついているのだろうか。あの"チビ"の名前を呼ぶ度、逆に呼ばれる度に、本当に嬉しそうな顔をしている。

やっぱり、気に入らない。

俺は那月を、あんな顔にさせられない。産まれたときから、もしかしたらそれ以上前から那月を見てきたのは俺なのに。子供が何を言うのかと思われたって、10歳は年の離れた子供から見ても那月は危なっかしい。物はよく失すは忘れるは壁にぶつかるは何もないところで転ぶ。本人はあれえ?と不思議そうな顔をしているだけだが、見ている方は気が気じゃない。俺が産まれる前はひとりで過ごしていた筈だが、信じられない。よく生きてこられたなと思う。
だから、俺が那月を守ってやらなきゃいけないんだ。危なっかしくて甘くて度の超えた天然で優しすぎる、たった一人の兄を。周りを全て愛そうとする癖に、結局本当の意味で人に心を許せない人一倍傷付くことを傷付けることを恐れている那月。誰も、そのことには気付いていない。解っているのは俺だけ。那月を守れるのは俺しかいないのだと物心付いた頃には自然と理解していた。子どもが何を言い出すのかと言われても、これはきっと産まれる前から決まっていたことだから仕方がない。そもそも他人に俺と那月のことをとやかく言われる筋合いはない。周りは関係ない、これから先ずっと那月の傍にいるのは俺だけだと、思っていた。
出会ってから一年にも満たない、実際の時間はそれよりずっと短いあいつなんかに。那月は嬉しそうに笑いかけて、楽しそうに微笑んで。どんなときよりも幸せという顔をしていた。あんな那月より歳上の癖にずっと小さいようなやつ、チビで充分だ。今すぐには無理でも俺だってあと何年かしたら、あんなチビすぐに追い抜く。何せ、俺は那月の弟なんだから。そうしたら、俺一人でも那月を守れるようになったら。他は、必要ないのに、



「僕は、さっちゃんだって大好きですよ」



ね?っと繋いだ手をきゅっと力を入れ直して俺に笑いかける那月。その表情は優しげで幸せそうではあるけれど、やはりあのチビに向けるものとは別のものだった。那月はあいつを好きだということは否定しない。俺とチビ、どちらの方が好きかと子どもらしく駄々をこねて言えてしまえば楽なのかもしれないけれど、そんなことを言ったら那月が困り果て悲しそうな顔をするぐらい俺には分かりきっている。
あんなチビのどこがいいっていうんだ。いつもお前の方が幼稚園児なんじゃないかってぐらい力が有り余ってて煩くてお人好しで誰にでも世話焼いて。何度俺には構うなと言ってもしつこく構い続ける。仕事だとしても、問題が起きないなら放っておけばいいだろうに。どうしてわざわざ面倒くさい苦労するとわかっていることに手を出そうとするんだ。



「さっちゃんだって、翔ちゃんのこと好きでしょう?」
「………………嫌いじゃなく、なくない、」


あいつは、気に入らない。
あいつに会ってから那月はあいつのことばっかりで、楽しそうで幸せそうで。那月といると、俺まで釣られてあいつのことばかり考えてしまうから。那月だけじゃなく、俺の中にまで割り込んできやがって。俺は、那月だけいればいい。他は必要ない関係ない。だけど、繋いでいる手とは別の体温を忘れられないのは何故だ。
素直じゃないさっちゃんも可愛いですっ!抱き着いてきた那月に潰されないように体勢を直しながら、明日あの"チビ"に会ったらお前なんか那月にふさわしくないからな!と宣言しようと心に決めた。