翔ちゃん♀と薫くん♂は双子の姉弟














「……………ぁ、」
「へ?」




扉を開けたら翔ちゃんがいた。双子で、姉弟で、同じ家に住んでいるのだから、珍しくもおかしくもなんでもないことなんだけど、場所とタイミングが悪かった。具体的に言うと、脱衣所で、翔ちゃんは着替え中だった。予想しなかった光景にお互い呆気に取られて、暫し見つめ合う。まだ乾かしていないらしい長い髪はタオルでぞんざいに纏められていて、白い項に僅かに髪の毛が掛かっている。下着だけを身に付けていただけなので、細いけれどなだらかなお腹と腰が女の子にしか有り得ないシルエットが完全に露になっていて。翔ちゃんが何か口を開き掛けるのと同時に、ごめんっと口早に言い、勢いよく扉を閉めた。そのまま扉を背に寄り掛かって、ズルズルと座り込み頭を押さえた。
翔ちゃん、女の子だったんだ。
いや勿論、翔ちゃんは僕のお姉ちゃんなんだから女の子なのは当たり前だけど。それでも。
同世代と比べても一際小さくて細くて全体的に薄くて華奢な造りの翔ちゃん。男らしさは欠片も感じられないけれど、女性らしいと言うよりは中性的で。自分との差は、双子だからかもしれないけれどあまり感じなかった。だって、顔は似ているを通り越してそっくり同じなのだから。なのにさっき見た翔ちゃんの体は完全に女の子のもので。僕とは、違っていた。柔らかな曲線のシルエットや微かだけど、確かに膨らんでいる胸元だとか、細いのに骨っぽさはない太股だとか。どこまでいっても歴とした"女の子"。翔ちゃんは、体が弱くても、僕よりずっと強くて元気で明るくて、男の子と交ざってサッカーをしていたり。言葉遣いも乱暴ではないけど、男っぽくて。レースだとかリボンだとか所謂女の子らしいものは苦手で、そういうのを着せようとする四ノ宮さんに追っ掛けられては、いつも逃げていた。僕にとってはお姉ちゃんで、だけど3分の1ぐらいはお兄ちゃんでもあった。僕と、違うところなんて性格以外はないって。他は双子なのだから全て同一ではなくとも、相似ではあると。今よりずっと昔の小さい頃、僕たちに違いなんてなかった。男女の差も個人の差もなく、二人で一人。そんな存在。黙っていればどちらがどちらなのか周りはわからない。わかるのは自分たちだけ。いや、自分たちだって何処からが自分で何処からが片割れであるのか、曖昧であったかもしれない。鏡を覗いたら映るのは僕で、翔ちゃんで。翔ちゃんを見ることは鏡を覗くことと変わらなかった。なのに、いつから。曖昧な境界線は確実なものに。一つは二つに。いつから?何処から?僕らは完全に一人と一人になってしまったんだろう。どうしよう、翔ちゃんの姿が頭から離れない。ぼくは、翔ちゃんは、翔ちゃんが、だって、




「………なにしてんだ?」



寄り掛かっていた扉が開いて、重力に従って後ろに座った体勢のまま転がる。自然と立っている翔ちゃんを真下から見上げる形となって。翔ちゃんは部屋着に着替えていて、髪の毛も乾かしたのかいつものように下ろしている。不思議そうというか呆れたような顔で僕を見て、手を差し出してくれた。手を取るのに躊躇してしまい、より訝しげにやや強引に引っ張られて立ち上がらされる。小さな頭は視線よりやや低いところにあって。いつから。翔ちゃんは僕を見上げるようになったんだろう。いつから。それを当たり前に気にしなくなったんだろう。



「薫も風呂、入るんだろ?最後だから片付け頼むな」



あと、一応ドア開けるときはノックぐらいしろよと、翔ちゃんはそのままリビングへ向かっていった。長い髪はいつもと同じシャンプーの匂いと不思議な仄かな甘い香りを残していく。同じものを使っている筈なのに。掴まれた自分の手をじっと見つめて。自分にない、柔らかさを感じてしまって。大きさ比べなんて最近はしたことがないけれど、しなくたって確実に。翔ちゃんは、僕とは違うんだ。同じところなんてひとつもない。暖かくて柔らかくていい匂いがして、女の子で、だから。でも、翔ちゃんは、翔ちゃんと僕は。
服を脱がないでそのままバスルームへ入って、冷水のシャワーを頭から浴びる。冷たいけれど、全然足りない。水で服が張り付いて気持ちが悪い。でもこんな不快感、先ほど考えたことに比べたら。小、さな手をしていたんだ。握ったら壊してしまいそうな。体だって、きっと同じ。触ったら、壊れてしまう。だから、いけないんだ。消さなくちゃ。許されるわけがない、んだ。
鏡に映った自分を見て、そこにいたのは間違えようがないただの僕しかいなかった。濡れたせいではっきりとわかる体は細いだけで柔らかさも丸みも持ち得ない。いくら男らしくないとか、中性的だと言われたって、僕は。翔ちゃんが女の子で、僕は男でしかなくて。もう鏡像が、誰かと重なることはない。翔ちゃんと、僕は違う生き物なんだ。ひとつであったことなど、酷い勘違いで願望で妄想で。ひとつなのに、ひとつだから、気付かなかっただけ。僕らは双子で、きょうだいで、それだけの一人の女と一人の男だった。それが途方もなく嬉しくて寂しくて憎らしくて悲しくておぞましくて、愛おしい。この感情そのものが禁忌で害悪。触れた鏡面はゾッとするほど冷たい。体は冷えきっている筈なのに、妙に熱を持っている。冷水を浴び続けた体はこのままじゃ風邪を引いてしまうかもしれない。けど、駄目だ。温もりを求めてはいけない。だって、求めているのは。
目を閉じたって開けていたって、浮かぶのはたったひとりきり。僕とは違う柔らかさと暖かさ。どうして、ふたりで産まれてしまったの。同じ形で産まれなかったの。一人と一人だとしても、完全に同一であったなら。触れた肌の感触も思考を犯す甘い香りも。誘われるように心が、体が本能が欲している。許されない、んだ。誰も、誰かがたとえ許したって、僕は許さない。許しちゃ、いけない。バスタブからは温かな湯気が立ち上っていて。それだけのはずなのに、それ以外のことしか考えられない僕は。鏡に映る姿は醜いまでに生物らしい。こんなものが、翔ちゃんと同じであるはずがない。



ごめんね、おねえちゃん。おとうとなんて、最初からいなかったのかもしれない。






吐き出した熱はあつくて、汚くて、濁っていた。














「薫翔♀で実のお姉ちゃんの翔ちゃんに薫くんが むらむらする話」
のとこさまに捧げます。リクエストありがとうございました。返品可。