05.下校





あたりまえにきづけなかった











To 那月
Sub ごめん
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悪い、用事ができた。
今日は先に帰って



HRを受けていると、翔ちゃんからメールが届いて。帰りは、委員会や部活がない日はいつも一緒に帰っていた。今日はどちらもない日だから当然一緒に帰るつもりで、HRが終わったら教室まで迎えに行こうと思っていたのに。用事って何なのかな、朝もお昼も何も言っていなかったはずだけど。お買い物なら僕とだって行けるし、誰かと遊ぶのかな。誰か、でまたあの明るい太陽みたいな笑顔を思い出して、音也くんはなにも悪くないのだけど、少しだけ落ち込んだ。翔ちゃんは友達がたくさんいるから、他の子のと遊ぶことなんかよくあるのに、用事の内容が書かれていないってだけで変な想像をしてしまう。音也くんと一緒にいるって決まった訳ではないのに、思ったよりも昼休みに見た光景を引き摺っているらしい。どんな用事ですか、と尋ねてしまいそうになるのをなんとか抑えて、わかりましたとだけ書いて返信する。案外聞いたら大したことなく答えてくれるかもしれないけど、聞いてしまったら、想像が現実になってしまいそうで怖かった。聞かなければ、何も変わっていないのだと信じることも出来る。今まで通りでいられると安心出来る。翔ちゃんの隣に僕ではない誰かかいることが現実だった時に、嫌だと思うことも、ましてや止めることも自分には許されていないことだ。ただの幼馴染みでは翔ちゃんの行動を制限する権利なんかない。幼馴染みでたまたま隣に住んでいただけ。ずっとそれを理由に甘えてきたくせに、それが今では少し煩わしい。翔ちゃんが昔から大好きだった。小さくて可愛くて守ってあげたくなるような外見なのに、誰よりもしっかりしていて頑張りやさんで。いつも人を自然と気遣って、自分のことは二の次にしがち。頑張り過ぎて無茶をする自分より二回り以上小さな体を見守りたい、支えてあげたい。翔ちゃんは僕にとって妹で姉で友達で戦友で家族で、それから誰よりも大切な"特別な女の子"。この感情の名前はずっと前から知っていた。甘くて綺麗でキラキラしているステキなものだけど、もしかしたら今までの全てを壊してしまうかもしれないもの。受け入れられず、拒絶されてしまったら、一緒にはいられない。それが僕は恐くて堪らなかった。翔ちゃんの代わりなんか見つかる筈がないし、見つけたくもない。だから答えを出さないで、幼馴染みに甘えて翔ちゃんの側に居続けた。翔ちゃんを誰かが好きになったり、翔ちゃんが誰かを好きになって、もしそれが叶って恋人同士になっても、恐くて何も出来ない僕が言えることなんてない。言っちゃ、いけない。友達らしく、笑っておめでとうと言えるだろうか。翔ちゃんが他の誰かと一緒にいるのが嫌で堪らないくせに。大切な人の幸せすら祝福出来ない。なにも、できない。ただの幼馴染みだから。でも幼馴染みでない僕と、翔ちゃんは一緒にいてくれるんだろうか。
ふと辺りが静かなことに気付いて漸く意識を周りに向けると、とっくにHRは終わっていて、教室には僕1人だけだった。空も大分日が沈みかけ、赤く染まっている。窓の外からは部活動をしているらしい声がきこえてきた。結構長い間、考え込んでしまっていたらしい。荷物を鞄に詰めて、再びさっきのメールを見る。一時間も前だから、翔ちゃんはもう用事の方にいってしまっているだろう。そういえば、1人で帰るのは本当に久しぶりだ。翔ちゃんが入学してからはだいたい一緒に帰っていたから。数ヵ月前は1人で帰ることは当たり前のことだったのに、今はどうしても寂しさを感じてしまう。誰もいない教室は静まり返っていて、ここだけ世界から切り離されているみたいだった。









ひとりは、さびしい。
2年とちょっと歩き続けた帰り道はとっくに見慣れている筈なのに、今日は初めて歩いた道のようになんだかよそよそしい。元々僕は1人や孤独とかが酷く苦手だった。それを今まで感じていなかったのは翔ちゃんのお蔭。だからこれは全部翔ちゃんのせいだ。散々二人で歩くことの楽しさとか幸福感とかを知ってしまったから、隣の空白に堪えられなくなってしまった。このままひとり、家に帰ったって、眠ることすら出来ないだろう。お家に行ったら、翔ちゃんは会ってくれるかな。一目でもいいから翔ちゃんに会いたい。翔ちゃん家で待たせてもらおうかな、なら急がなきゃ。顔を上げ、速度を上げようとすると、たった今考えたばかりというか、一日中想っていた姿が見えた。遠くからだって、例え人混みの中でだって僕が翔ちゃんに気付かないはず、ない。
小さい頃はよく遊んだ公園は、今は危険だからと封鎖されてしまった遊具や、昔からあったものも綺麗に色が塗り替えられていて面影はあまり残っていないけど、やはり懐かしい。毎日、通りすぎてはいたが、中に入るのは久しぶり。翔ちゃんだってそれは同じだと思う。もう日も殆ど沈んでしまった公園は遊んでいる子供もいない。それとも最近の子は外であまり遊ばないのかな。そんななか翔ちゃんはぽつんとブランコにひとり、座っていて漕ぐわけでもなく僅かに揺らして下を向いていた。その姿は寂しそうで、儚くて、一人になりたいって言っているようだったけれど、僕は構わずに距離を詰めた。このまま放っておいたら、取り返しのつかないことになる。もう翔ちゃんと一緒にいられなくなるような、そんな予感がした。