空は冴え渡るような青。大きな真っ白な雲が美味しそうに浮かんでいて、鳥さんがピチピチと今日はこれから何をしようかと仲良く相談しながら空を横切る。いいなあ、僕も一緒に遊びたい。あそこの雲は猫さんみたいな形をしているけど、食べられちゃったりはしないのかとぼんやり考えていると、し、四ノ宮さんっ!と聞き慣れない声が掛けられ、漸く意識が地上へと戻る。ああ、そっかこの子が僕を呼び出したのかな。朝、いつもみたいに翔ちゃんと一緒に学校に来たら、下駄箱にお手紙が入っていて。可愛らしい便箋にちっちゃな丸い字で、お昼休みにここに来てくださいって書いてあった。僕はいつも翔ちゃんとご飯を食べていて、このお願いを聞いたらそれが出来なくなっちゃうから行けないですって断りたかったのにお名前が書いてなかったから、どうすればいいんだろうと困ってしまった。そうしたら翔ちゃんが、呼び出されたものはちゃんと行かないと相手に悪いから行ってこいって、だから僕はとぼとぼひとりでやってきた。僕を見送ったとき、翔ちゃんは苦しそうな顔をしていたけど大丈夫かな。また無理して頑張って具合悪くなっちゃったのかな。やっぱり早く用事を済ませてもらって翔ちゃんのところに戻らなきゃ。それなのに、僕を呼び出した見たことがあるようなないような女の子はさっきから下を向いて黙ったまま。どうしようこのままじゃ、翔ちゃんとお昼ご飯食べられなくなっちゃう。只でさえ学校ではクラスが違うから一緒にいられる時間が少ないのに。ちょっと焦って、女の子に促すように声を掛けると、その子はビクッと反応してそれから決意したみたいに顔を上げた。やっぱりその子の顔を見ても名前が思い出せない。同じ、クラスのこかなあ。


「あ、あの!」
「はい」
「わたし……その、」
「…僕に用事があるんですよね?」


ああ、早く翔ちゃんに会いに行きたいのに、逸る気持ちを見せないように精一杯優しく聞こえるように促す。何だろう早く終わることだといいなあ翔ちゃんはもうご飯食べ終わっちゃったのかな誰と食べてるんだろうレンくんやトキヤくんとかなそれとも音也くんたち?いいなあ翔ちゃんときっと仲良くお話ししながらご飯を食べれるなんてもしかしたら分け合いっことかもしてるのかなやだやだやだそんなのずるい!かわいくて明るくて優しい翔ちゃんにお友達がたくさんいるのは当たり前だけど僕とだけ仲良くしてくれればいいのに、そうしたらきっととっても幸せで毎日にこにこしていられるのになあ、


「あの、好きですっ!」
「…………え?」


翔ちゃんのことばかり考えていたから、何のことかわからなくて首を傾げた。好き、って何のことだろう、何が好きなのかな。僕は確かに翔ちゃんが好きって言葉で表せられないぐらい大好きだけど、何でこの子がそれを知っているんだろう僕もしかして口に出してた?僕が首を傾げたままでいると、その子は顔を真っ赤にして慌てたように、四ノ宮さんのことが、すきなんです、付き合ってください……と殆ど聞こえないような声で言った。えっと、僕は告白、をされたのかな。どうしたらいいんだろう、こんなときは何を言えば。林檎せんせぇは確か、男女交際は絶対禁止だって。見付かれば退学になるから気を付けるのよと言っていた。退学になったら学園にいられなくなって寮にもいられなくなってつまりは翔ちゃんと一緒にいられなくなる。そんなのは絶対に嫌だ。じゃあ、お断りしなきゃ、でも何て言って?翔ちゃんは誠意にはそれ相応の誠意で返すものだと言っていた。相手が真剣ならば誤魔化したり、嘘を言うのは失礼だし、俺は許せないって。翔ちゃんに嫌われちゃうのは嫌だから、正直に言わなきゃ、セーシンセイイマゴコロを込めてってやつだと思う、


「えっと、ごめんなさい、あのお付き合いは出来ません」
「せんせぇも駄目だって言ってるし、翔ちゃんと一緒にいられなくなっちゃうのは嫌だから、その」



そう言ったら、そのこはふるふる震えながら、目に今にも溢れそうな涙を溜めて私のことは嫌いですか、と涙が混じった声で言った。どうしよう、この子泣いちゃいそう。女の子には特にやさしくしなきゃいけないのに。アイドルは女の子には限ったことじゃないけど、みんなを笑顔にするのがお仕事なんだから。何がいけなかったのかわからなくて、とりあえずこの子の質問には答えなくてはと何とか言葉を探す。



「あの、僕は可愛いものが好きで、翔ちゃんみたいな」
「ええっと、なので別にあなたが嫌いってことじゃなくて、」
「だから、泣かないでください…………あの、お名前は何でしたっけ?」



しどろもどろになりながらなんとかそこまで言うと、女の子は目からぼろっと大きな雫を溢して、何も言わないまま背を向けて走っていってしまった。どうしたのかな、僕、何かおかしなことを言っただろうか。本当に名前が思い出せなかったのだけど。女の子の姿はすぐに見えなくなってしまった。そもそも僕は音也くん七海さんAクラスのおともだち、翔ちゃんの友達のトキヤくんやレンくんぐらいしかあんまり話さないから、人の名前に詳しくない。翔ちゃんがいるし、みんなといれば楽しいから別段困らなかった。でもちょっと気になるなあその場で少し思いだそうとすると、校舎の影から見慣れた帽子と華奢な体が覗いていた。帽子の下から向日葵みたいなお日さまみたいなあたたかい色の髪が揺れていて、空の青に映えて遠くから見てもとっても綺麗。ずっと見ていたいも気もするけれど、今は早く大好きな人を抱き締めたい。なんだか凄く久しぶりに会う気がする。翔ちゃんがいると時間はあっという間に過ぎてしまうのに、翔ちゃんがいないつまらない時間はとっても長い。確か、誰か偉い人が言っていた相対性理論ってやつだ。そんな事を発見するぐらいなら、どうせならそれを逆にする方法も見付けてくれればいいのに。


「翔ちゃんっ!迎えにきてくれたの?」
「うっ!、……おう、」
翔ちゃんの元に走って声をかけると、翔ちゃんは何故か背を向けてどこかに行こうとしたけれど、手を掴むと諦めたように脚を止めた。振り返ったその顔はなんだか苦虫を潰したようなというか罰が悪そうだった。気まずそうに帽子を弄って、なかなか目を合わせてくれない。まるでさっきの子みたい。さっきは早くしてくれないかなと思っただけだけど、翔ちゃんがしていると恥ずかしがっているみたいに見えて可愛らしい。でも、翔ちゃんのお空みたいな目とか顔とかが見えないのは淋しい。こっちを見てくれないかなと柔らかい頬に手を充てるとビクッと反応して、けれど恐る恐るといった風に顔を上げてくれた。でも、少し元気がなさそうで、顔色は悪くないけどやっぱり具合が悪いのかと心配になってしまう。


「その……悪い。別に、盗み聞きとかするつもりはなかったんだけど、さ…」
「?どうして謝るんですか?僕は翔ちゃんが来てくれてとっても嬉しいですよ」
「……大事な話だったんだろ?」


だから、ごめん。
翔ちゃんはまた下を向いてしまった。僅かに震える体が雨に濡れた仔犬のような迷子の子供のように見えて、堪らなくて壊れ物を扱うようにそっと小さな体を抱き締める。そんな顔、しないで。少しだけ見えた翔ちゃんの顔は泣きたいのを堪えているようだった。翔ちゃんは強くて、強がりだから人の前で弱さを見せない。僕にぐらい見せてくれてもいいのに、寄り掛かって泣いてくれればいいのに。それが出来ない不器用さを愛しいと思う。でもそんな不安そうで置いていかれた顔をするぐらいなら僕を頼って欲しい。


「……僕に、翔ちゃんといるより大事な時間なんてありませんよ」


翔ちゃんが一番、大切で大好きだから。
翔ちゃんがそんな顔をする理由はちっともわからないけれど、元気になってほしくて。一番は笑って貰うことだけど、怒っても呆れるでもいいから。何がそんなに不安なの?僕はいつだって翔ちゃんの側にいるからひとりで抱え込まないで。翔ちゃん翔ちゃん翔ちゃん翔ちゃん翔ちゃん翔ちゃん。僕はいつもそう、人の思いがよくわからなくて。でも感情だけは伝わってきて。何も出来ないから、そんなんだから人は離れていってしまって。翔ちゃんは何も言ってくれない。それどころかますます俯いてしまって。どうしよう、どうしたら翔ちゃんは僕を見てくれるのかな。何かおかしなことをまた言ってしまったのだろうか、もしかして翔ちゃんに嫌な思いをさせた?嫌われたら、翔ちゃんに嫌われちゃったら、いや、だめそんなの耐えられない。考えただけで涙が滲んで体が震えた。嫌われたくない、それだけ頭の中を支配して嗚咽混じりの声が溢れた。ごめんなさいごめんなさい、嫌わないでごめんなさ、い翔ちゃんに嫌われたら、ごめんなさい翔ちゃんが、すき、だから。翔ちゃんに逃げられてしまわないよう強く抱き締めて自分でも訳も分からず謝り続けた。この温もりがいなくなったら、なんて考えるだけで恐ろしい。翔ちゃんは驚いたように顔を上げて、なんでお前、泣いてんだよ、と今度は翔ちゃんの手が僕の頬に触れた。柔らかくてあったかい手。上から覆うように手を重ねて、不安と心配で揺れる空の目を見つめる。ああ、翔ちゃんがやっと僕を見てくれた。それだけで、もう。少し屈めば翔ちゃんとの距離は0に。近すぎてまた見えなくなるけれど、触れた暖かさがひとりじゃないことを教えてくれて、ゆっくりと目を閉じる。

もう女の子の顔も、何の話をしたのかも思い出せなかった。







「うすぐらいかんじの那翔ちゃん」
いつもストーカーさせて頂いている飴子さまに捧げます。返品可。