人をぬいぐるみ扱いすんなって翔ちゃんは僕がぎゅうってしたりするとよく言うけれど、本当にぬいぐるみ扱いをしているのは翔ちゃんの方だ。あんまり良いことじゃないけれど何度目かわからない溜め息を吐いてそう思った。







「…翔ちゃん?」



二人でソファに並んで、借りてきたDVDを観ていたら、ふいに左側に温もりとちょっとした重み。さらりと長い髪が腕に触れて少し擽ったい。横を窺うと、翔ちゃんは目を閉じていて、穏やかな呼吸音が聴こえてくる。途中で眠ってしまったみたいだ。
最近、忙しかったみたいだから疲れていたのかなあ、それともそんなに好きな映画じゃなかったのかも。映画はなんとなく借りてきた、シリーズものでもなんでもない、一年前にちょっとだけ人気があったもので、特に好きな俳優さんや監督さんのものと言うわけでもなく、話はなんだか単調で僕も少しだけ退屈していた。でも流れてくる音楽は結構素敵だったから、殆ど音楽だけを聴いていた状態で。だから映画を観るのを辞めて、翔ちゃんを観ることにする。そっちの方が映画よりも何倍も素敵で、魅力的で、楽しくて、幸せになれるって考えなくても分かりきったことだった。
何度見たって、いつ見たって飽きることのない可愛い翔ちゃん。ちっちゃなときから現在に至るまで、翔ちゃんが可愛くない時なんか一瞬もなかった。むしろ年々と言わず、一日ごと、一秒ごとに翔ちゃんは可愛く綺麗になってしまうから、僕はいつだって幸せで、それから少し心配になってしまう。翔ちゃんを可愛いと思うのは勿論、僕だけじゃないから。
普段は長い髪に隠されている溶けてしまいそうな輪郭に、陶器みたいな白くてすべすべした肌、ほのかにピンク色をした頬っぺた。薄く開いた柔らかそうな口にちっちゃな鼻。大きな青い瞳は今は瞼に隠されていて、髪の毛と同色の長い睫毛が僅かに揺れていた。同世代の女の子と比べても一際小さくて細くて、ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうな程、繊細な造りの翔ちゃん。誰からも愛され、庇護欲を誘うような外見を、翔ちゃんは幼く見えるからとあんまり好きではないみたいだけど。目を閉じて黙っている姿は綺麗で、可愛くて、小さい女の子が憧れるようなお人形さんのようで、誰だって近くで見て、触りたくなるのは当然のこと。そんな翔ちゃんは見た目に反して、というと怒られそうだけど、しっかりしてて、明るくて、表情がくるくる変わって、人をもっと惹き寄せるから。思わず頬に手を伸ばしかけ触れるまで後、1pというところで、完全に意識から外していた映画から大きな音がして翔ちゃんが僅かに身動ぐ。僕もビクッと反応して、起きちゃうかな、とドキドキしながらそのままの体制で固まりながら見守ると、翔ちゃんは脚を投げ出し、よりこちらに凭れかかるだけで目を覚ましはしなかった。安心して息を吐き、手を元に戻しなんとなく視線を下に向けると、今度は勢いよく翔ちゃんとは反対側を向く。
かお、あつい。さっき、身動いだせいで只でさえあんまり丈の長くないスカートが捲りあがって、太股が殆ど顕になっていた。真っ直ぐ伸びた、細くてでも柔らかそうな白い脚。脚を開いているから下着まで少し覗いていて目の毒でしかない。一瞬しか見ていない筈なのに目に焼き付いて離れず、顔に熱が集まって、熱を逃がすように溜め息を吐いた。
僕だって、普通に男なんだけどなあ。
こんなに安心しきって眠られてしまうのは、僕だから安心してくれているのだと嬉しい反面、もうちょっと警戒心を持ってくれてもいいのに、と男と見られていないみたいで悔しい。赤ずきんちゃんだって可愛いから、狼さんに食べられそうになってしまったっていうのに、翔ちゃんは周りの狼さんの存在に気付かないんだから。可愛くて、柔らかくて、甘くて良い匂いのする翔ちゃんなんかきっとすぐに食べられてしまう。まあ、そんなの僕が絶対に許さないんだけど。見た目だけで寄ってくるなら追い払うのも簡単でそんな人を翔ちゃんが好きになる筈ないから恐くはない。恐いのはそれ以外の人たち。
隣にある小さな手を起こさないように気を付けてそっと握る。温かくて、僕の手と比べるどうしても儚さが際立って、消えてしまいそうで。この手を失うのに、他の誰かに取られてしまうことに堪えられるわけがない。
ねえ、翔ちゃん、僕がいつまで優しい歳上の幼馴染みでいられるか、わかんないんだよ?未だに眠り続けたままの翔ちゃんのちっちゃな鼻を摘まむ。んぐっと翔ちゃんが苦しそうに変な声を出して、声には出さないで小さく笑った。テレビの中では主人公がヒロインの手を取り、何処かへ行こうとしている場面で、映画はまだまだ終わりそうにない。自分に寄り掛かる小さな頭の愛しい重みを感じながら、スタッフロールまで我慢出来るかなあと今更、全然ストーリーのわからない映画をぼんやりと見始めた。