04.教室移動







わたしがしらないきみのこと










那月の様子がおかしい。
お昼休みの時間、ずっと何を話し掛けても生返事やだんまりばかり。何かを真剣に考えているような顔をしたかと思えば、ぼーっと何も無いところを見つめていたり。たくさん買ったパンも結局ほとんど残してしまったようで。どうしたんだろう、朝はあんなに機嫌が良さそうだったのに。今日の那月はちっともわからない。何かあったんだろうか、とまた那月のことばかり考えてしまって昼休みの音也の言葉を思い出し、顔に熱が集まる。今日はこんなんばっかりだ。別に、赤面症でもなんでもないはずなのに。ああもう全部那月がいけないんだと、歩く足を早めて目的の教室まで急ぐ。途中、このまま進むと那月のクラスの前を通ることになると気付いてなんとなしに方向転換。気まずいって程でもないが、那月に見付かりたくなかった。


翔は、あの三年生と付き合ってるんだよね、えっと"ナツキ"?


急に言われて思わず固まった。そして意味を理解して口を開こうとするけどうまい言葉が思いつかない。あー真っ赤になった!からかうような音也の声に、漸くなんとか反論しようと椅子を蹴る勢いで立ち上がる。なんで、那月と付き合ってるって話になるんだよ!音也は面白がっているって一目で見て解るような顔で、大丈夫、わかってるってと言った。
何がわかってるっていうんだ。
こっちは何もわからないっていうのに。
四限の数学の授業、私は話を聞いていなくて 、あてられても答えられなくて、偶々返ってきた小テストの点数も悪かった。それで、呆れた先生に、次の授業までにやってくるようにと課題を渡された。次の授業って明日だし、さいあくだ…とため息を吐いたら、音也の叫び声が聞こえて。音也もテストの点数があんまりにも酷いからって課題を出されたらしい。ふたりしてすごすごとまた周りに笑われながら、席に戻って渡された課題を見合う。結構な量の出された課題は同じもののようで、二人とも当然のように一人では全部は解けそうになかった。協力して終わらせようと二人で問題を分担したけれど、解けないものは解けない。三人よればなんとやらと言うけれど、この場合もう一人が賢くなければ意味がない。そしてそれは私たち二人がいなくても変わらないんだ。だから、音也は寮で同室のトキヤが(ひとつ年上らしいけど呼び捨てで呼んでいるらしい)、数学が得意だから昼休みに教えにもらいに教室まで行くつもりらしい。


「翔も一緒に行く?」
「んー……いいや。別のやつに聞いてみるよ」
「あ、いつも一緒にお昼食べたり、帰ったりしてる人?」
「あ、うん…あいつも結構頭いいんだよ」


普段はそうは見えないけれど、那月はたまに学年トップになったりするぐらい賢い。でもたまに答えをひとつずつ全部ずらして書くという那月らしい天然ボケを発揮して凄い点数を取ってたりもする。本当、極端だよなと笑うと、音也がやけに目をキラキラさせてクラスの女子にかっこかわいいと評判の無邪気な笑顔を浮かべて(かっこいいというか犬っぽいと思う)、あの一言。


以上、回想終了。

なんなんだよ、音也のやつ。那月にその話を聞かれていないみたいで、本当によかった。聴かれていたら、平静を装えていられる自信がない。実際、顔の火照りが引かずにまともに那月の顔が見れなかった。そのせいで課題を聞きそびれてしまった。那月の様子がおかしかったことを差し引いても、音也の言葉が尾を引いていたことは否定出来ない。那月と私は隣人で幼馴染みで友達っていうかもう家族みたいで兄妹みたいな、おかしいけれど姉弟みたいな時もあってでも血は繋がってなくて一応は先輩後輩でそれから、ともやもやと霧が掛かった感覚にちょっと立ち止まる。それから、なんだろう。何も間違ったことをあげてはいない筈なのになんとなくしっくりこない。那月との距離を、関係をどう表現したらいいんだろう。ただの友達というには他とはあまりに違いすぎる。例えば音也と比べたって、やっぱりイコールにはならない。じゃあ親友ってやつなのだろうか。男女の友情がどうとかはこの際置いておいても、何か違う気がする。ならただの幼馴染みでいいんじゃないか。他にも流石に小学校から高校まで同じって奴はほとんどいないけど、仲は普通に良いと思う。でもその中の一人として那月を数えるのは抵抗があった。
私はどうしたいんだろう。今の生活に何も不満なんてない筈なのに、ちょっとした違和感が付き纏って離れない。那月は、なんて答えるのかな。あいつが私を可愛がるのは妹か、それかぬいぐるみと同じ感覚なんだってことはちゃんと解ってる。だから友達か幼馴染みか。きっといつもの通りの笑顔であっさりと言えてしまうのだろう。心の奥の方が意味の解らない悲鳴をあげて、このままでいいのか、と頭の片隅から警告音にも似た疑問が浮かび上がる。知りたい、でも聞きたくない。違和感を振り切るように止めていた足を再び動かして、角を曲がると見慣れた後ろ姿を見付けて歩みが止まる。折角、わざわざこいつの教室の前を避けたっていうのになんでいるんだ。幸いなことに那月は此方には気付いていなくて、引き返して道を変えようかと少し考える。まるで喧嘩でもしているみたいだ。避けているのは間違いではないけれど、ここでわざわざまた道を変えるのは逃げているように感じられて気に食わない。でも那月と普段通りに話せる自信はない。いっそ那月に捕まる前に走り抜けて通り過ぎようかと考えていると、那月のデカイ図体の陰に隠れてわからなかったが、もうひとり誰かいた。もしかしたら気付かれないで通り過ぎれるかもしれない、淡い期待が浮かぶ時点で那月を避けているということは明確な事実として浮かび上がってしまうけれど、この際仕方ない。出来るだけ自然に早歩きでいこうと決めて近づくと、長い髪で隠れていた那月と話していた人物の顔がたまたま見えた。
あれは、確か二年の聖川。財閥のお嬢様で校内でも有数の有名人。説明するのに成績優秀、文武両道、才色兼備、容姿端麗と現実の人間に本当に使うのかって単語が並ぶ。近くで見るのは初めてだけど、噂で聞いた通り同性でも見蕩れるぐらい綺麗だった。切れ長な目が色気があって着物とかが似合いそうな、ちょっと古風な和風美人と言った感じ。……私とは全く違うタイプ。ふわふわした那月と落ち着いて見える聖川も全然違うタイプに思えるけれど、仲は良さそうだった。自然と足が止まって、これ以上は進めない。いつ仲良くなったんだろう。そりゃ那月は私より二年も先に入学していて、私の知らない友達とか、彼女とかがいたとしてもおかしくない。
…彼女、いても、おかしくないよな。それとも、私が知らないだけで那月は誰かと付き合ったことあるのかな。那月は背が高くて、綺麗で優しいからきっとモテるだろうし、私の学年でもいろいろ名前が知られていたし女の子が放っておかない。彼女とかが出来たら嬉々として報告してきそうだけど、と幸せそうな那月の姿を想像すると苦しくて胸の辺りをぎゅっと掴む。そうなったら私は、よかったなって、幼馴染みとしてちゃんと笑えるんだろうか。
聖川と話している那月の笑顔が想像した姿と重なって見ていられなくて、振り返ってそのまま廊下を走って戻る。授業にはどうせ間に合わない。予令のチャイムが鳴り響く中で、翔ちゃん?と声が聞こえた気がした。











音也♂
聖川♀
トキヤ♂
神宮寺?(どっちでも変わんないよ!)

でお送りしています。