(ねえ、今更戻れないことぐらい、とっくに気付いてるんでしょう?)






弟を人質に欲求を満たす僕は卑怯だし、兄を捨てられない翔ちゃんは臆病だった。それで行う行為は完全に"きょうだい"から逸脱したものなんだから笑ってしまう。ねえ、本当にこんな喜劇みたいな悲劇、誰が望んだんだろうね。端から見たら滑稽以外のなんでもない。でも翔ちゃんにとってはきっと悲劇で、僕にとっては不幸せな喜劇で幸せな悲劇。僕と、翔ちゃんを双子に、二つになんて分けてしまった偶然。250組に1組。そんなの奇跡にしては有りすぎる。神様とやらはよっぽど暇だったのかな。
白い身体を撫でると翔ちゃんはビクッと反応して、そのまま小刻みに震えている。ああ、ごめんね?くすぐったかった?左胸に手を宛てれば、何時もよりずっと速い心臓の音。僕は、これが止まってしまうことが何より怖かった。顔も髪も他の内臓も、殆ど同じように造られたのに。どうして、このちっぽけなものだけ。他の器官だったならば、そこまで怯えずにすんだのに。悲鳴を上げる心臓にキスを贈ると髪を掴まれ、苦しそうな声で名前を呼ばれる。薫、かおるやめて。いやだ。いつも泣いているのは僕ばっかりで、翔ちゃんはいつだって強かった。だから翔ちゃんの泣き顔はそのまま、自分の顔を鏡で見ているみたい。僕は翔ちゃんに精一杯強気に笑って、ほらこうすればいつも通り。また翔ちゃんの顔が歪んで、遂に涙が一筋、目から零れた。可哀想に、怖いんだね。弟にこんなことをされることも、拒絶して弟を失うことも。本気で抵抗すれば、僕なんて直ぐに振り解けてしまうのにね。縛らなくたって翔ちゃんが逃げられないくらい僕を好きでいてくれたのは知っていた。おとなしくて、泣き虫で、自分がずっと守ってきた可愛い弟。僕だって優しくて、強くて、僕を守ってくれたお兄ちゃんが大好き。ただどうしても僕と翔ちゃんはイコールにはならない。
首筋に顔を埋めて、息を吸えば翔ちゃんの匂い。匂いだって殆ど同じ。小さい頃の消毒液や強制的に作り出した清潔さにまみれたものから、僕と同じシャンプーと翔ちゃんお気に入りの整髪料が混ざったものに。それなのになんでこんなに興奮するのか。柔く噛みついて歯を立てれば、翔ちゃんは弱々しい抵抗を繰り返す。ごめんね、やっぱりどう考えたって翔ちゃんのこと、愛してるんだ。自分でだっておかしいってわかっているのだけど、止められない。翔ちゃんと双子に産まれたのが偶然だとしたら、翔ちゃんを好きになったのは必然。僕は、血の繋がりあったってなくたって翔ちゃんが好き。この血が愛おしい。憎らしい。どっちも紛れもない本音。翔ちゃんは僕が弟じゃなかったら、好きになってくれなかったかな。それとも同じように優しくしてくれたのかな。血の繋がりがなかったら。男じゃなかったら。翔ちゃんは、僕を愛してくれただろうか。無意味な仮定を馬鹿みたいに繰り返している。答えなんかただの妄想と想像に沈んで、出たとしたって判りきっているのに。
顔を上げれば涙で揺れた絶望色したスカイブルー。瞳に映った同じ顔は涙で歪んで見れたもんじゃない。翔ちゃんの青白い顔にぽたぽたと水滴が垂れる。目を見開いた翔ちゃんがかおると言い終わる前に視界を塞いで。再び口を開く前に吐息ごと強引に奪う。止めてやめてやめて。そんな声で呼ばないで。僕に、後悔させないで。お兄ちゃんって呼びたくなってしまうから。謝って泣いて、許してって縋りついてしまうから。やっぱり僕は只弱いだけ。僕だけのものにしたい。今まで通りの弟でいたい。飲み込めなかった矛盾達。愛と性欲を完全に切り離せたらよかったのに。そうしたらきっと倫理と禁忌に怯えることなんかなかった。
暇つぶし中の神様、精々僕を憐れんで。そうでなければ、潰れてしまう。




掌を濡らす液体も、頬を伝う水滴もまったく同じものなのに。どうして、僕のはこんなに汚いんだろう