にょた






男の平均身長より裕に10センチ以上高い那月と、女の平均身長よりギリギリ10センチ以上低い私。どうしたって物凄く差が出来てしまって、那月の顔を見るにはうんと顔を上げなきゃならない。内緒話をするときも同じ。那月はそれに気付いて、膝を折って屈んでくれるから大分楽にはなるのだけど、それが気に食わない。だってまるでそのままちっちゃい子供に対する態度みたいだ。
今日だってそう、今着ている那月が選んだひらひらした白と薄い黄色のワンピースは確かに可愛らしくて、誰が見たって可愛いと思うのだろうけど、やっぱり可愛らしすぎる。童話のお姫様や女の子が着ているような洋服は歳相応どころかより幼く見せる効果がある気がする。那月が選んだり、買ってきたりする服はそういうものばかり。私が、普段どれだけ頑張って大人っぽくしようとしているのかもわかってくれない。
そんなことを考えていると隣の那月と一歩分ぐらい遅れてしまって少しだけ足の運びを早める。そうしたら慌てたせいか、履いていた馴れない木底靴のせいか(これも那月が持ってきた)、躓いてよろけてしまう。すぐに気付いた那月に支えられて、無様に転ぶことはなかったがそのまま心配そうに那月に顔を覗きこまれる。思ったよりも顔が近くにあってドキッとした。




「大丈夫ですか?ごめんなさい、翔ちゃんにはその靴歩きづらかったよね」
「っ!?子ども扱いしないでっ!!」



那月を思い切り突飛ばして距離をとる。反動でふらつき、再び那月が支えようとしたが意地でなんとか持ちこたえた。翔ちゃんにはって何よ!木底の靴は初めてで馴れていないから歩きずらいだけで、これぐらいのヒールは問題ない。普段、もっと踵の高い靴だって履きこなしているのに。そんな風に言われるとやはり子ども扱いされていると感じてしまう。確かに、二歳年下かもしれないけど、二年はそんなに大きいだろうか。那月と所謂彼氏彼女の関係になって、前はそこまで気にならなかったことが気になるようになった。那月はあんなんだから、私とのことを周りに隠そうとせず、すぐに付き合いだしたことはバレてしまった。仲の良い人達だけになら、別に構わないのだけど名前を知らない人達にまで知られているのは嫌だった。那月は結構目立つから広まるのも早いし、話の種になる。この間、私は全く知らない、那月と同じ学年らしい奴が那月をロリコンと言っているのが聴こえた。一瞬なんのことかわからなかったが、それは私のことで。二歳差といっても同じ高校生なのだから、
付き合ってる奴らなんて他にもいるはずなのに。私が小さくて、童顔だから那月だけがそんなことを言われるんだ。腹立たしいというより悔しい。傍にいるなら相手を貶める要因でいたくない。胸を張って、一緒にいることを誇れる自分でいたい。只の幼なじみであった時はこんな感情、抱かなかった。
それなのに那月は。
膨らんだスカートの裾をキュッと掴む。那月がこういう服が好きなのは知っているけど。もっと他にないのか。私が貰っても着なければいいだけかもしれないけれど、期待の込められたキラキラした眼で見られるとどうしても断れない。それをかわせたとしても、一度断った時の凄く悲しそうな、いかにも悄気ています的な表情をされると拒否出来る可能性なんて1%未満。正直、可愛いとは思うけれど、私の趣味じゃない。その服をこうやって出掛ける時の三回に一回位は着ているのだから、私、相当那月のこと好きなんだななんて考えて、自分の思考に真っ赤になる。私、いつから、こんな乙女思考になっちゃったんだろう。こういうのはどちらかと言えば那月の方だったのに。
恐らく赤く染まってしまっただろう顔を見られたくなくて歩みを速める。今度はもうふらつかなかった。そしてそのままそこそこ長い階段を降りようとしたら、急に那月が目の前に立ち塞がり、道を塞がれる。一段下に立っている筈なのにまだ、那月の方が背が高かった。そうしていつもより少しだけ近いところでふんわりと笑い、手を差し出した。



「翔ちゃん、階段は危ないから、お手をどうぞ」
「……また、そうやって子供扱いする…」
「違うよ、翔ちゃん。これは子供扱いじゃなくて、」


私からは差し出せなかった手を優しく、でも強引に繋ぐ。それから繋いだ手を持ち上げて、見せつけながら、私の手にキスをした。



「彼女扱い、だよ」



そのまま私の手を引いて階段を下りきり、繋いだ手を離さず、寧ろ指を絡めて歩き出す。人前で手を繋ぐのは恥ずかしくて、いつもすぐ振りほどいてしまうのだけど。まだ、唇の感触が、言葉が残って顔を赤くすることしか出来ない。私は恥ずかしいのか嬉しいのか両方なのかわからず、繋いだ手から速い鼓動を気付かれないよう抑えるので精一杯だったのに、追い討ちをかけるようにまた那月は言った。



「ほんとはね、只の口実なんだ、」
「確かに可愛いからそれを選んだんだけど、歩きずらそうな靴なら」
「翔ちゃんと手を繋いで歩けるかなって、」



翔ちゃん、あんまり人前じゃ、繋がせてくれないから。大成功でした。
那月が悪戯に成功した子どもみたいに笑う。あんまり嬉しそうに、幸せそうに笑うから、怒るタイミングも振り離すタイミングも完全に逃してしまった。握った、手が熱い。顔にも熱が集まる一方。
やっぱり那月には敵わない。期待に満ちた顔にも、悲しい顔にも、笑顔にも逆らえないなんて、もう、完敗なのかな。恋する乙女に敵はないっていうけど、恋の相手が一番の敵だ。恥ずかしい。潔く、負けを認めたらドロドロに甘やかされて愛されるんだろう。そこまではまだ羞恥を捨てきれなくて、だけどせめて自分からも指を絡めてみた。


「…転ぶのが嫌だから、なんだからね」
「はい、わかってます」


何がわかっているんだろう。それとも引きそうにない顔の赤さで何もかも筒抜けなのか。子ども扱いとか、歳の差だとか気にしていたのがばかみたい。幸せそうな那月がいて、私も幸せなんだからそれでいいじゃない。そんな風に思ってしまった私は、きっと立派に、認めたくないけれど恋する乙女ってやつだった。