02.授業中







あなたのことばかりかんがえてる













……ここにXの係数の、……





いつも空腹と睡魔に襲われてまともに聴いていない四時間目の数学の授業。数学が苦手だってこともあるし、時間が時間だから、苦手なものを苦手のままにしておくのは嫌だけど、既に諦め半分で授業を受けている。今日は暖かいから、そよぐ風が気持ちいい。先生の声をBGMにして、ぼーっと頬に手を当てて黒板を見る。黒板の書かれていた文字は英語以上に外国語のようでまったく頭に入らない。前方の風にはためく真っ白いカーテンを眺めていると意識まで白い波に飲み込まれてしまいそう。このままじゃ拙いと視線を窓の外、校庭へと移してどうにか意識を保とうとする。校庭ではどこかのクラスが体育の授業中でなんとなしに見ていると、その中に一際大きい見慣れたミルクティー色の頭を見つけた。上から見下ろすなんてめったにないことだけど、後ろを向いていたってアイツだって確信ができた。背が高いっていうのもあるけど、どこにいたって雰囲気で分かる。学年が二つも違うから普段、授業中の姿を見ることがなく珍しくてそのまま見つめていると、アイツは後ろを向いたまま友達に向けてか腕を上げて手を振っていた。途端に朝のことを思い出して、回していたシャ
ープペンを落としてしまう。慌てて拾って、校庭から視線を逸らした。
今朝、久しぶりに那月と手を繋いだ。
時間ギリギリで、遅刻しそうだから引っ張る為に那月も繋いだだけだってわかっているけど。繋いだ手の感触を思い出して、顔に少しだけ熱が集まる。那月の手、昔と全然違ってた。いつ以来繋いでいなかったのか、少なくとも私が中学生になってからはその記憶はない。ヴィオラを弾く繊細で長い指を持っているのに私の手なんか簡単に包み込むぐらい大きい。男の人の、手だった。皮膚から造りから私のものと全く違う。自分の手をじっと見ても、子どもの頃よりは確かに大きくはなったんだろうけど、たいして変わらないように思える。ずっと一緒にいたはずなのにこんなことも知らなかった。速くなる鼓動とは別に、ずきりと胸が痛んで、自分の手から目を逸らす。こうやって、全部、変わっていってしまうのだろうか。そして変わりたくないな、なんてどうしても思ってしまう。私にはこの痛みと寂しさが何の感情に由来するのかわからない。知りたいのか知りたくないのかも。答えの正解にたどり着いたら今のままでいられない気がして、まだもう少しだけこのままで、と子ども染みた願望を捨てられなかった。
再び校庭に視線を向けると丁度試合が終了したところのようだった。勝利を喜んでいる集団の中に那月の姿を見つけられなくて、校庭を見回すと人からは離れたところで校舎を見上げていた。目があったような気がして落ち着いてきていた心臓がまたドキリと跳ねる。静まれ、気のせいに決まってる。あいつは目、悪いし私だって認識できる訳ない。それなのに2.0の私の両目はしっかりあいつの表情まで見えてしまって。






「……次、来栖!この問題、解いてみろ」
「へっ!?…あ、………わ、わかりません」
「…じゃあ、授業は真面目に受けような」
「……スミマセン、」



先生に呆れられ、クスクスと周りに笑われて一気に顔が赤くなる。席に座り直しても顔の熱は引かなくて、丁度鳴った終了のチャイムと同時に顔を机に突っ伏して隠した。問題を答えられなくて笑われた羞恥より、先程見た那月の顔ばかりが頭に残る。
なんで、そんなに嬉しくて堪らない、みたいに笑うのよ。
もう一度、思い出してしまい音が鳴るんじゃないかってぐらい顔が真っ赤になるのを感じる。鼓動が、煩い。那月がご飯を一緒に食べようと誘いに来るまでに元に戻さなくては。変わってしまうのが嫌だなんて我が儘を言ったって、変わってしまったのは誰より何より、私の方だった。