「つまんねぇ・・・・・」


那月が翔のことを好きなのは学園周知の事実で、男同士でなかったら即、退学というか、いまでさえお前ら恋愛禁止ってわかってんのかと言いたいぐらい普段からくっついてる二人だが、その逆、翔から那月へというのはほとんど知られていない。それは端から見れば那月の激しいスキンシップを怒鳴りながら抵抗する翔、と言う光景がよくみられるからであって、大概何時も一緒にいる面々からはどっちもどっちではないかという認識で一致している。こんなにわかりやすいのにな、と退屈そうに他人のベッドでくつろいでいる翔を見ながら、気付かれないようにひっそりため息を吐く。おおらかだと言ったって全てを受け入れられる訳ではないんだ。
那月は長期休暇に入ると毎回、そんなに長い間ではないが、実家の北海道へと帰省する。地方から来ている人間が多いこの学園では珍しくもなんともないことで、長期休暇に入ると寮はいつもよりずっと静かになる。そんな他人の疎らになった寮内で、帰る日、那月はこれが今生の別れであるかのように盛大に別れを惜しんで、翔も別れは寂しいのか、はたまた周りに人がいないせいかいつもより抵抗せず、素直に受け入れていた。見ていた此方としてはまたかと諦め半分、いい加減にしろという怒りが半分だった。俺達もいるんたけど。二人の顔が近づいたところで、マサや七海などには刺激が強すぎたのか顔を真っ赤にして何かをもにゃもにゃ言っていた。まあキスは周りに見られていることにようやく気付いた翔により実際には行われなかったのだけど。 レンに冷やかされて翔は顔を真っ赤にして那月を突飛ばしていた。那月はいつもと変わらず照れている翔ちゃんも可愛いです!なんて抱き締めていた。またさらに顔を赤くして抵抗する翔。見ているこちらが恥ずかしい。微笑ましいを通り越してもはや有毒だった。なんで一週間にも満たない帰省で、僕は生まれ変わったってまた絶対に翔ちゃんを好きになりますなんて台詞を聴く羽目になるんだろう。退学になってないのがもう奇跡なんじゃないかな。おそらく学園長以外の先生たちが諦めて目をつぶっているお陰と那月の天然なキャラのお陰なんだろうけど。ベッドの上で翔が最近の口癖となっている何度目かわからないつまらないを溢して、ごろんと転がった。そもそも翔も那月が帰った次の日には弟と一緒に帰省するつもりだったらしい。しかし弟の都合が悪くなり、他の家族も仕事などが忙しくなっただので帰るのを止めて、一人じゃ退屈だからとバイトがあるので帰らない音也と上京してきて以来、実家には帰っていないトキヤの部屋に転がり込んでいる。
初日こそは二人でゲームしたり、騒いで二人してトキヤに怒られたりと普通に過ごしていたのだが、少し経つと翔がボーッとしたり、ため息を吐く事が増えて。今も雑誌を読むのは飽きたのか、じーっと何をするでもなくケータイを見つめていた。


「……電話したら?」
「な、なんで!?」


たまらず声を掛けると、翔はビクッと反応して握りしめていたケータイをそのままベッドの上に落っことした。そこまで驚くことでも慌てることでもないと思うんだけどな。


「寂しいなら電話すればいいじゃん」
「べ、別に寂しくなんか……」
「素直になりなって」
「だから、寂しくなんかないって!」
「嘘つき!さっきから、ずっとつまんないって、ため息吐いてた癖に」
「それと那月は関係ない!」
「ほら、やっぱり那月の事考えてた!俺、那月になんて一言も言ってないのに」
「う…、音也てめぇ」



ボキッ。



危うく掴み合いの喧嘩になりそうなところに不自然な音が響いた。思わず二人で音のした方へ顔を向けると、机に向かっていたトキヤがゆっくりと立ち上がる。その手からはかつてシャープペンだったものがボロボロとこぼれ落ちた。ヤバい、超怒ってる。背後にはゴゴゴゴと漫画みたいな効果音を背負っていた。雰囲気に飲まれて二人とも何も出来ない。判決を言い渡される犯人の気持ちでトキヤの言葉を待った。


「…いい加減にしたらどうですか」


恐い。一言なのに、怒鳴っている訳でもないのにもの凄く恐い。視線で人を凍らせるというか、殺せそうだった。そのまま目線で座るよう促されて、翔と共にすぐに床に座る。勿論、二人とも正座だ。文句なんか言えるわけない。怖くて顔を上げられず、床をじっと見ていた。


「顔をあげなさい」
「…ハイ、」


恐る恐る顔を上げると、トキヤが腕を組んで仁王立ちしている。ああやっぱり本気で怒ってる。普段からちょっとぐらいなら、トキヤに怒られたって別に平気だけど。声を荒立てるでもなく静かに冷たくは苦手だ。トキヤに何を言ったって、理論的に攻められれば勝機なんかない。このままずっとお説教かなと思ったら、聞いたことのある曲が流れ出した。確か、日向先生のドラマの曲だ。翔のケータイから流れているようで、一分ぐらい流れると一度止まり、そして直ぐにもう一度鳴り始めた。



「…翔、出ていいですよ、」
「……おう」


トキヤがため息吐いて促し、翔がベッドに放置されていたケータイに手を伸ばす。表示されている名前を確認して、翔の顔が真っ赤に染まった。…本当に、分かりやすい。出るか出ないかであわあわと慌てて、再び止まった音楽がまたもや鳴り出して覚悟を決めたのか、ケータイを、耳に当てて部屋を出ていった。部屋を出る瞬間、機械越しに聴こえたのは心配そうな那月の声で。
いつも微笑ましくも有害な二人だけれど、今回ばかりは感謝したい。いやでも、そもそも原因はそこなんだから感謝しなくてもいいのかな、なんて思って漸く痺れそうだった脚を崩そうとすると、「……音也、まだ話は終わっていませんよ」


少しだけ和らいだとはいえ、やはりまだ怒ったままのトキヤがいて、大体貴方は何回言っても……とお説教が始まった。長々と理論的に攻められて、解放されたのは脚が限界にきて音を上げベッドに倒れ込んだ時だった。トキヤはまだ何か言いたそうだったけど、もう我慢の限界。内容なんて半分も理解出来てないし。そのままクッションに顔を埋めてトキヤの声をシャットアウト。一緒にいたって、いなくたって厄介な二人だなあと棚上げかもしれないけど、今もまた電話で有害物質を撒き散らしているだろう那月と翔を想像して溜め息を吐いた。幸せな恋人は、偶にこうして周りの幸せを吸い取っていく。