唯ちゃんねた








「お前どういうつもりだよっ!」
「はい?何がですか?」



那月は若者の向けのファッション誌を持って至極幸せそうにニコニコしていた。那月にしては珍しいものを持っていると思ったら、そこに載っていたのは自分の顔で。




「お前が持ってるソレに載ってるやつだよ!」
「ああ!翔ちゃんがあんまりにも可愛かったのでみんなに見てもらおうと思って」




普段の私服での姿が載ってているのならむしろ喜ばしく誇らしいことだが、載っているのは罰ゲーム中のそれで。ふわふわした長いウィッグ、女のアイドルが着るようなピンク色のひらひらした衣装にメイクも施されている。正真正銘の、女装姿。恥以外のなにものでもないし誰にも見られたくない、自分も二度と見たくなかったのに。その雑誌をどれほどの人が読んでいるのか知らないが、百や千より多い数だろう。そんな大勢の人たちに晒されているなんて。
一気に脱力してその場に座り込む。頭上からは翔ちゃんどうしたのーと呑気そうな声が降りてきて取り敢えず目の前に見えた臑に一撃をくれてやった。それから、その写真に人気がでて、おもしろがって悪ノリしたシャイニング早乙女により俺は女ととしてモデルをすることになった。仕事自体はすごく勉強になるし、女の子の服や化粧の仕方ってのを見ること自体は結構おもしろい。自分が着るのは論外だけど。那月は俺が載っている雑誌はその都度毎回買ってきていて、翔ちゃんはやっぱり可愛いなあなんて言っていたが、俺はまだ怒りが残ってるし、モデルの仕事が忙しかったので構ってやらなかった。子どもっぽいことはわかっているが、やっぱりムカつくものはムカつく。俺が女っぽい、可愛いって言われんの嫌いな事知ってる癖に。那月に可愛いと言われるのは諦めだしてはきているが、他の人間に対してまで諦めているわけじゃないんだ。
そうして、ひと月近く、那月とはまともに会わず、話さない日が続いた。


珍しく、一日中オフになった。カメラマンさんが都合で来られなくなってしまい、変わりも見つからなかったため明後日に仕切り直すことになったらしい。久しぶりの1日フリーで、最近減ってきたレッスンをするでも買い物に行くでも音也達とサッカーをするでもよかったのだが、俺は部屋にいることにした。連日の仕事で疲れているのもあるし、那月の事が気になったからだ。寝るときぐらいしか那月と顔合わせることはなくなって、どうしているのかわからない。もう大分怒りは収まっていたし、アイツは寂しがりやだから落ち込んでるかもしれないから。俺は大人だから自分から折れてやるんだなんて言い訳をして。
けれど、こんな時に限って那月は部屋にいなかった。俺の部屋兼アイツの部屋には女性物のファッション誌が大量に積まれていた。どれもこれも見たことがあるものばかりで。そういえば最近、部屋にゆっくりといることなんてなかったから気付かなかった。それにしてもアイツもよく買うよなあ、ファッション誌なんてまともに読まない癖に。俺が載ってるからだよななんてその山に手を伸ばそうとした時、扉が開いた。
那月が帰って、きた。

「おかえり、」


俺はちょっと気まずくて視線を逸らしながら言うと、那月はただいまを言うまでもなくつかつかこちらに歩いてきた。なんだ、拗ねてる、のか?視線を上げると那月はすぐ目の前にいて、そのまま強く抱き締められた。普段、可愛いと言うときとは違った閉じ込めて離さないような抱き方。力は強いけれど壊さないように調整された。俺は文句を言うことも抵抗することも出来なくて、只、抱き締められていた。那月の、匂いがする。こんなに、近くに感じるのはひと月ぶりだ。思わず深く息を吸う。安心、したのかもしれない。俺がいない間、那月は他にお気に入りを見つけてしまうのではと少し思ってしまったから。でも那月からは慣れ親しんで絶対に言わないけれど落ち着く、那月の匂いしかしない。長く感じたが恐らくは一分にも満たないだろう沈黙の後、呟くような声が聴こえた。



「翔ちゃん、」
「……少しだけ後悔しています」


可愛い格好をした翔ちゃんをたくさん見られるのは嬉しいけど、僕が翔ちゃんを一人占めできないなんて。それに翔ちゃん忙しくなって一緒にいる時間減っちゃって、寂しいし。






お前が雑誌に送ったんだろとか自分勝手過ぎんだろとか言えることはいくらでもあったけど、那月があんまりにも寂しそうだったから。そろりと背中に腕を回して子どもにやるみたいにさすってやる。そうしていると視線がようやく合わさって、自然に顔が近付いてくる。目をゆっくり塞いで、俺らしくない言葉は那月のキスに飲み込まれて口には出さないで済んだ。









(俺も、実はさびしかった、)