「は……?」


何を言われたのか理解出来なかった。服を…なんだって?思わず口を開けたまま固まってしまう。おそらく、相当な間抜け面だろう。那月は相変わらずふわふわ笑ってどうかしましたかと軽く首を傾げていた。とんでも無いことを言われた気がしたが気のせいだよな?気のせいであって欲しい。


「翔ちゃん?」
「ああ……悪い、えっとなんだっけ?」
「服を脱いでください」
「……誰が?」
「翔ちゃんが。」


俺は呆然と那月を見つめて、那月は不思議そうに俺を見ていた。お互い、少しの間何も言わないで場には沈黙だけが残った。服を脱げと、家族と医者以外に初めて言われた言葉は聞き間違いでも幻聴でもなかった。絵のモデルって、ヌードモデルの事だったのか。そういえば多いよな、絵画とかに裸婦画とかそういうの。いやでも俺、男なんだけど。でも、男とはいえ、人前で風呂でもないのに全裸になるには流石に抵抗があるというか。音也の奴、なんで先に言っとかないんだ会ったら殴る。など、固まりながらも必死で頭を動かす俺を見て、何かを閃いたのか、那月の髪の毛の一房だけがピンと立ち上がった。


「ああっ、ごめんなさい!恥ずかしいですよね?いま、後ろ向きますから、脱ぎ終わったら言ってください」
「…あ、ああ」


いや確かに人前で服を脱ぐのが恥ずかしいとは思ったが、それは脱いだあとの裸を見られるからであって、脱ぐ過程を見られるのも確かに恥ずかしいけれどそこが一番ではないのだが。やっぱり、那月はどこか人とずれている。…仕方ない、今更脱げないとは言えないし、俺も男だ。そして相手も男だ。女の子のように恥ずかしがる訳にはいかない。覚悟を決めたら、後は勢いで服を脱いでいく。ベッドにシャツを適当に放って、ベルトを外してズボンも脱ぎ下着一枚の姿になる。下着に手を掛けるが流石に抵抗があって躊躇してしまい、しかしもう半分自棄になって素早く脱いで隠すように体育座りをして体を丸めた。


「……こっち向いていいぞ、」
「はい」


那月がゆっくりと振り向いて、そのまま真っ先に目があってしまい、膝に頭を付けて顔を隠す。やっぱり恥ずかしい。風呂とかならなんでもないことな筈なのに、部屋に2人だけの状態だとどうしてこんなに変わるのか。那月の視線がこちらに向いているのを肌で感じて、また顔に熱が集まり顔は上げられそうになかった。那月は何も言わないで、でも視線だけは絶対に逸らされていない。それぐらいはわかる。那月は、どんな顔で俺を見ているんだろうか。


「…翔ちゃん、顔を上げてください」
「……わかった」


どうせさっきみたいにほわほわ笑っているんだろうと顔を上げた、が。
あまりに真っ直ぐな視線に射抜かれる。笑顔なんか浮かべていなくて、予想外に真剣な表情。服を着ていない寒さとは違う何かで体が少し震えた。全く違う雰囲気に飲まれてしまう。真剣に、真面目に、本気に何かをしている人間の眼だ。


「…うん。ポーズはそれでいいです。それでは、始めますね」

那月が座って、俺はベッドで体育座りのままで、せめて顔は情けなくないように上げ続けた。羞恥より、意地が勝って那月を喧嘩を売るぐらいの勢いで睨み付ける。見られていた仕返しのように瞳を射抜く。視線なんか逸らさせない。なんで、俺はあんなに恥ずかしがっていたんだ。アイツは真剣なのに、見られる事が恥ずかしいと思っていた事が恥ずかしい。相手も俺も男だってわかってんだろう。一度やるっていった事は最後まで真っ当しなきゃ、男じゃない。那月は一瞬だけ目を見張ったように思えたが、また直ぐに真剣な顔に戻ってそのまま紙へと視線が移った。
俺はそのままで那月が描く様を鉛筆が置かれるまで、出来る限り見続けた。お互い無言で、気が付けば休憩を取らずに三時間が過ぎていた。