ちょっとした、臨時収入のつもりだった。大学で仲良くなった音也にバイトをしないかと誘われて。音也の友達の美大生のとこでちょっとした買い出しなどの雑用と半日にも満たない時間ただ座っていて絵のモデルになるだけで日給一万円近くが払われるらしい。最初はヤバい仕事か何かかと思ったが、音也はすげー良い奴で信用出来たし、一般的な大学生としてやっぱり金は必要で。遊びに行くにも、服を買うのにも、使うかわからないような教科書を買ったり、いくらあっても足りない。だから了承すると、詳しい話は相手に紹介するときに本人を交えて説明するとの事で相手の住居兼これからの仕事場になるマンションへと向かうことになった。
俺たちの大学から電車で二つ目の駅から歩いて15分。駅前の商店街からは少し外れたところにある普通のマンション。俺たちの二つ上の男だと聞いていたが、大学生が一人で住んでいるというには立派すぎるきらいがある。日給一万近く出すぐらいだから金持ちの家の奴なのかもしれない。30代ぐらいで子供が1人や2人いるような家族でも住んでいそうな雰囲気だ。入り口もやけに立派で、俺の住んでるアパートとは比べものにならない。エントランスなんかねぇよ、どうせ。
音也は何回も来たことがあるのだろう、真っ直ぐとその美大行ってる友達とやらの部屋の前に着くとインターホンを押した。しかし、応答はない。音也がもう一度押し、少し待つがやはり反応はない。ケータイで連絡を入れるがそちらにも出て来ないらしい。もしかしてどこかに出掛けてしまって留守なのかと鍵が掛かっているか一応確かめようとドアノブに手をかける。

カチャッ。
あっさりとドアノブは動いて、扉が開いてしまった。どうしようかとドアノブを握ったままの半開き状態で止まっていたが、音也はケータイでの連絡を諦めたようで扉に手をかけ、そのまま中に入ってしまった。入っていいものかと思ったが、音也とその友達の仲の程度はわからないけど、俺はともかくまったくの見ず知らずの人間ではないしなんとかなるだろうと、ここで立っていても仕方がないので音也に続いて進む。「那月ーいるー?話してた翔、連れてきたよー!」



音也は勝手知ったるとばかりに犬型のスリッパを履いてどかどか進む。男の一人暮らしというにはやけにファンシーな感じの部屋だった。ぬいぐるみなどがいくつも飾ってある。一人ぐらしの部屋にしては、やはり広い。部屋の中に更に階段があって上にも上がれるようだった。部屋を見回してる間に音也が寝室らしき部屋の確認に向かい、俺は反対側にあるらしいバスルームを確認しに行こうとすると、

途中で、男が、倒れていた。



「おいっ!?」



急いでその男に駆け寄る。ミルクティー色のふわふわしていそうな髪は少し濡れていて、床には水滴が少し飛び散っていた。かなり、背が高そうだ。180は確実にある。その男の側にしゃがみこんで取り敢えず、息をしているか確認したら息をしていたのでひとまず安心する。俯せのままで奇跡的に眼鏡をかけていたが、割れたりしたら危険だろう。なんとか仰向けの体勢にする。えーと、動かすのは頭打ってたりするかもしれないからマズいのか?救急車呼んだ方がいいのか?移動させるにもそもそもひとりじゃこいつ運べそうにないし、まず音也を呼んでーと、あちらに行こうとした瞬間。

男が、動いた。ゆっくりと身じろいで頭を下げたまま緩慢な動作で床にぺたんと座る。視線は床のに向けたまま。大丈夫なのかと俺は再びしゃがみこんで男の顔を覗こうとすると、ふいに男が顔をあげた。危うくぶつけそうになるぐらい近くで、男と目を合わせることになった。男はぼーっと目は焦点があっているようには見えず、長い睫に瞳は半分程隠されていた。瞼が一度完全に下りて、それからゆっくりと再び上がる。

緑の瞳が、俺を捉えて、






「っかわいいっ!!」
「へ、うわあ!?」




いきなり、抱き締められた。いや、抱きつかれた。それはもう思い切り。唖然として抵抗を忘れてしまうと、力一杯更に抱き締めたかと思うと男は此方に傾きはじめ、体格差故に悲しいかな支えきれなくて無様にその場に押し倒されてしまう。漸く抵抗することを思い出して、離せと突き飛ばそうとした時、男からは規則正しい呼吸音が聞こえた。


ね、寝てる!?





いつの間にかやってきいた音也は、でしょー?絶対、那月は気に入ると思ったんだよね!、っと誇らしげな顔をしていた。


いや、見てたんなら助けろよ!