「あの、…私、ずっと前から、」


うすら頬を染め、視線はどこか地面へと伏せがちにしたまま、聞き取りにくい言葉がやけに潤った唇からぽつぽつと紡がれる。漫画やドラマではありがちなシーンだがまさか現実で見られるとは。突然のことに思わず近くの茂みに隠れてしまったけれど、もしかしたらこれはスクープになるのではないだろうか。――と、ここまで説明すればお分かりになるだろうが私は第三者であり、当事者ではない。昼食を求め授業の終了と同時に購買にダッシュし、群がる体育会系男子を押し退け見事購買人気ナンバーワンを誇るチョコチップメロンパンをゲットした帰り、偶然告白シーンに立ち会ってしまいやむなく見物することになった新聞部員である。体の至るところは先ほどの激闘の勝利の傷みを訴えるが、今は少し我慢していただきたい。なぜなら、この告白シーン、ただの告白シーンではないのだ。まず、恥ずかしそうに不安気な瞳(まつげ長い、羨ましい)を揺らめかせ言葉を探る少女、まあつまり今からささやかな胸のうちの恋心を打ち明けようとしている彼女だが、確か校内でも人気の女子だったはず、だ。普段新聞部員としての責務を軽視している私だが、やはり部員の端くれ。校内の情報には詳しいつもりだ。いや、もし私が新聞部員でなかったとしても彼女がどれだけ可愛いのかは分かる。だってオーラからして違う。なんかこう、ほんわかとフローラルなかほりでも漂ってきそうだ。人当たりも悪くない。クラス内でも大分浮いていると自負している私に、音無さん以外で積極的に話しかけようとしてくれるのは彼女だけなのだから。もし私が男なら惚れてる。完璧に。―しかし、本当の問題はそのお相手である。


「…早くしてくれないか、昼ご飯のアイスが溶けてしまう」


よりによってあの電波とは。
どこがいいんだ美少女よ。どこに惚れたんだ、顔か、顔なのかそうなのか。だって聞いたか諸君、昼ごはんにアイスだぞ、アイス。ねーよ。もしここが絶対凍土の地だとしても灼熱地獄の砂漠だとしても昼ごはんにアイスを食すような食文化が確立されて堪るか。というか何故風介。何故貴様が此処にいる。何度目を擦ってみても、瞬きをしてみても、その場にいるのは確かに今朝の登校時にすら食後のデザートとしてバニラアイスを恥ずかしげもなく食していた男、涼野風介だった。何故私がそこまで風介について詳しいかと問われれば、言うも虚しい、残念なことに彼が私の幼馴染で、私はバニラアイスを食す彼の隣を肩身狭く人々の視線を感じながら歩いていたからである。今朝の出来事だというのに忘却の彼方に押しやってしまいたい程に痛々しい風景だ。今に始まったことでないにしろ、慣れるものではない。否、慣れたら負けだ。ああ、声を大にして言ってしまいたい。今からかの電波に告白しようとしている美少女に、「その男は三食アイスを付属しなければ夜のコンビニでアイスを買い占めるようなアイス狂で将来はアイスと結婚しそうな程にアイスしか目にない男なんだ!」と。口に出すわけにもいかず、むずむずとした気持ちのまま私は事の成り行きを見守るしかない、のだが。


「…あ、えっと、私、ずっと前から…」
「それはさっきから聞いているよ。ずっと前から何なんだい?早くしてくれ、私にはもう時間が残されていないんだ」
「ご、ごめんなさい。…その、私は、ずっと前から、風介くんが」


すきでした。
――ああ、言ってしまった。顔を真っ赤にさせて、それでもちゃんと風介を見て、真摯な秘めた心を口にした彼女は申し分なく、可愛らしい。私だったら絶対にOKしている。私じゃなくとも大半の男子は天にも昇る気持ちになるだろうに。今すぐに風介とポジションチェンジしてしまいたい。告白されたというのに顔色ひとつ変えず、ただまじまじと彼女を眺めていた風介が、ゆっくりと薄い唇を開く。


「ありがとう」


でも。


「私にはこれとアイスがあるからね」


がさり。風介本人の手により、草むらに隠れていた私の手はいとも簡単に引き上げられその場に晒し者となった。気づいていたのか。唖然とする私と彼女。ああ、近くで見るとやっぱりかわいい。ぽかん、と茫然自失とした表情すらも、愛らしく思える。けれど、そこで私は思いだすのだ。そう、私は涼野風介の幼馴染兼、恋人であることを。





融解する優越感
(に、しても。私とアイスは同列なんだ) (今日もアイスは美味いね)