唐突だが彼はとてつもなくおモテになるということを前提に話を進めたいので、断言しようと思う。私の彼氏、真田幸村は、モテる。モッテモテだ。モテモテのモテ男君。女子からは「女子に免疫ないとか超可愛い」だの「サッカーしてるときの真田くんはかっこいい」だの、大層な人気で、男子からも「素直でいい奴」だの「馬鹿だけど頼れる」だのと専らの評判なのだ。それはとても、いいことなのだと思う。そりゃあ皆から嫌われるような人と付き合いたいなどとは思わない。寧ろ、そんなモテモテの真田幸村と付き合えるということ自体、奇跡に近いのだから。購買で校内一位の人気を誇るチョコチップメロンパンをゲットするくらいの奇跡だ。陸上部のエースと名高い私の友人ですら何回も手に入れる機を逃している、と説明すればその難解さはお分かりいただけるだろうと思う。そんなチョコチップメロンパンを、私はひょんなことで手に入れてしまったのだからこれを幸運、至高の幸福といわずになんと言おう。――そして今、そのチョコチップメロンパン―以下略してチョコチップ―は、私の預かり知らぬところで私の預かり知らぬ女子から私の預かり知らぬ、バレンタインチョコ(恐らく、いや100%本命)をいただいているはずだ。なんで止めないかって?そんなの簡単な話である。

「くっそ!放して佐助!私は!私は戦場に向かわなければいけない運命なのよ!」
「だーめ!まだこの書類の整理終わってないでしょーが!これ終わったらどこにでも行っていいから!」
「佐助の鬼畜!ドS!変態!特殊性癖!」
「そこまで言う!?」
「彼女にご主人様なんて呼ばせる奴を特殊性癖と言わずになんと言えばいいの」
「何度も言うけどあれはあくまで学園祭の練習だからね、あの子のクラス、メイド喫茶だからその練習」
「でもそれ聞いてでれでれしてたでしょ!」
「しなきゃ男じゃないでしょ」
「開き直っただと」

―簡単な話である。目の前で私の抗議に逐一返事を返しながらもペンを走らせる手をとめない、優等生猿飛佐助。こやつの所為だ。不本意にも私は委員会を決める際に欠席という大失敗を犯してしまい、仕事量が半端ないと校内一不人気の委員会である広報へと枠をはめられたのだ。その相方が目の前のこれまたモッテモテのモテ男猿飛佐助である。大体私のクラスにはモテ男が多すぎる。あれだけモテたらさぞかし楽しい人生だろう。猿飛の長い指が書類を一枚ずつめくり、何気なくそれを視線で追いながらしぶしぶ判子を押す作業を再開してゆく。―つまり、大量の仕事と彼の見張りにより邪魔するに邪魔できない、このジレンマに陥っているのが今の私の状態だ。

「もうやだ、幸村が餌付けされてたらどうしよう」
「あー…、旦那ならありえそうだよねえ」
「否定してよ」
「やだよ」
「……猿飛私のこと嫌いでしょ」
「よく知ってるね、大好きだよ」

にっこり。艶やかな笑みを浮かべる目の前のモテ男は、どうも私がチョコチップを手に入れたことが気に入らないらしい。こうしていちいち突っかかってくるあたりがねちっこくて、ああ姑ってこんな感じなのかなあ、とかぼんやり考えたら「何手とめてんの」と判子を握っている手にシャーペンの先っちょを突きつけられた。怖い!この人絶対人を殺めたことあるんじゃないだろうか。

「あー…、もう、幸村ー、帰ってきて幸村ー、私を魔王の手から解放してーきゃー」
「机にねそべるヒロインって思ったより残念な図だね」
「…幸村ー」
「何用でござろうか」

心臓が口から出た。―いや、出そうになった。最愛の彼氏の目前でそんなグロテスクな姿は見せられない。必死に飲み込んで、頭上から降ってきた声の主のほうへと視線を持ち上げる。不思議そうにきょとりと首を傾げ私を見下ろす、その顔は先ほどからずっと気にかけていたチョコチップそのものだった。

「ゆ、きむら」
「うむ、幸村に御座る」
「……用事、終わったの?」
「ああ、今し方」
「…迎えにきてくれたの?」
「無論、そろそろ委員会の仕事も終わるころかと思ってな」
「……ほぼ俺様の努力のおかげだけどね」
「ばいばい佐助くん!行こう幸村!」
「ほんと容量いいよねあんた!」

コンマ一秒で帰り支度を終え、書類を整える猿飛佐助を尻目に幸村の服の裾を引っ張り歩き出す。軽くスキップだ。出口の方でレールに躓きそうになったら教室の中から笑い声が聞こえた、しね猿飛。

「…幸村、用事、なんだったの?」

しばらく無言のまま廊下を二人で歩めば、摘んでいた裾もいつのまにか手放していて、私の後ろを歩いていた幸村はいつの間にか前を歩いていた。そうしたら彼が肩からかけるバックに目がいって、その中身を想像して、―自己嫌悪。馬鹿か私は。そんなのにいちいち嫉妬していたらモテ男くんの彼女なんてやってられない。案の定、幸村は少しばかり沈黙して、こちらを振り返る。(彼はいつも話すとき人の顔を見るのだ)

「…その、後輩の女子に、ちょこをいただいた、のだ」
「へえ」
「そして、その、まあ、…うむ、思いを、打ち明けられた」
「ふうん」
「無論、断り申したが」
「そっか」

ああああもう、私最低だ。意図せずとも素っ気無い返事になってしまう可愛げのない私に自己嫌悪プラス。彼は言いにくいであろうことをちゃんと私に打ち明けてくれたというのに。今時こんな真面目で素直な彼氏、希少種だというのに。本当、申し訳なくなってくる。

「俺には、一人のちょこさえあればいいと、断り申したのだ」
「うん」
「それ以外は、如何なることがあろうとも受け取れぬと」
「ん」
「……つまり、その」

うろり、揺れる瞳。ああ、本当に。本当に可愛くて、かっこよくて、申し訳ないくらいに申し分のない彼氏だ。

「…幸村!」
「う、うむ!」
「…コンビニ、寄っていい?」
「ん、む、あ、ああ…、構わぬ、が」

目に見えて戸惑いを見せる、私の彼氏。私の、ここ重要。そしてまた、私は彼の裾を引っ張り歩き出す。ここから最寄のコンビニは確か坂を下りた先だったはずだ。そこで買い物をして、いつも通り彼に家に送ってもらって、それから鞄の中にしまいこんだ袋を渡すことにしよう。徹夜で作ったのだから、彼にはそれなりの反応を返していただきたいところだ。否、そんなのは杞憂で、彼はちゃんと浴びるばかりの賞賛をくれるだろう。たとえ下剤が入っていようとなんだろうと。勿論入れてないけど。変わりにたっぷりの愛情は入っている。―ああ、今のはかなり恥ずかしい発言だった。

「私ね、チョコチップメロンパン食べたい」


ホワイトデーは、それで譲歩してあげよう。






税込105円