どうしたものだろうか。先程暴れ疲れたのか、部屋の隅で座布団の上で丸まるように眠る彼―政宗君をちらりと横目に確認し、溜息。面倒なことになってしまった。どうやら彼は迷子は迷子でもとびきり危険な迷子のようだ。住所も分からなければ親の特徴も答えてくれない。どないせえっちゅうねん。心の中ですやすやと寝息を立てる彼にセルフ突っ込みを入れておいた。


「せめて動機さえ分かればなあ…」


どうしてはぐれてしまったのか。何の目的があったのか。いかに十歳児らしからぬ言動を目の当たりにしているとしても、所詮子供。何かに好奇心を擽られはぐれてしまったのだろう、と安易な考えに及ぶ。何か目的でもあるのだとしたら、その場所に向かってみれば彼の親が先回りしている可能性もある。


「迷子の迷子の政宗くん、あなたの目的なんですかー…」
「…音痴だな」
「……悪かったわね」


ふと替え歌を口ずさんでみれば即座に憎たらしい評価を下された。起きたのか。彼の反射神経に少なからず驚いて瞳を丸めた。のそのそと座布団から体を起こす彼の茶色がかった黒髪はところどころ寝癖を作っていて、思わず笑ってしまうときっとこちらを睨んできた。まあそれも寝ぼけ効果で威力半減、可愛らしいものだと微笑ましい気持ちでスルースキルを発動させておく。


「さて、じゃあ行こうか」
「…どこに」
「君の行くはずだった場所?どっかに出かける予定だったり、そういうのだったんでしょ?」
「……」
「意地はってても迷子だっていう現実から逃避はできません。…私が連れてってあげるから、教えてよ」
「………り、」
「ん?」


ふい、と相変わらず背けられた視線。それでも首を傾け促したなら呟くように零された単語はしっかりと聞き取れたから無愛想な態度もよしてしておこう。






「…予想外、だわ」
「………」


こんなにも人が居るとは。眼前に立ち塞がる人、人、人の石垣に今すぐ踵を返して立ち去ってしまいたい衝動に耐えた私は偉いと思う。近所の神社で毎年行われる夏祭り。そこを彼は所望したのだ。確かにこれなら納得だと私も思い来てみたのだが、田舎を侮るべからず。人々の熱気が一歩引いたこの場所でもむんむんと伝わってくる。隣で同じように人垣を見つめる政宗君もあんまりこんな人だかりは好きじゃなさそうだな、なんてぼんやりと思ってみたのだけれど――間違いだった。輝いてる。瞳が輝いてる。なにこれ。ほぼ半日彼と時間を共にした訳だがこんな表情もできるだなんて寝耳に水だ。思わず半開きになった口を無理矢理繋がせた手とは逆の手で覆い隠さなければきっと彼からクールな罵声を浴びせられたことだろう。最初は私が強引に繋がせた形の手も、今は緩く、緩くだが彼からの力も加わっていて半日の進歩というものを私にじんわりと感じさせた。


「…親、見つかりそう?」
「……あっちだ」
「―っへ、あ、ちょ、政宗君!?」


食い違う問答。ああやはり半日で彼と全く打ち解けてしまおうなどというのは儚い望みだったようだ。ほぼ引きずられるように引っ張られる手。彼があっちと言えばあっちなのだろう。――そこでふと、彼と打ち解けたいと思っていた自分がいたことに少しばかりの疑念を抱いたのだけれど。それはぐいぐいと先を急くように人垣を掻き分ける政宗君の手を離さないようにと意識を集中させるうちに霧散してしまった。


「――…で、何でカキ氷なのかな政宗君?」
「……俺の本能が告げたからだ」
「なるほど分かった、君の親御さんはカキ氷だったのね」


―やはり、子供は子供だった。引っ張られるままにやってきた場所はどう見ても何回確認してもどれだけ目を凝らそうとも愛想のいいおじさんが屋台を構える、カキ氷の夜店。まさかこのおじさんが政宗君のお父さんなのだろうか。けれどその可能性は快活にお母さんもぼくも一個どうだい、なんて笑いながらカキ氷機を叩く動作で見事に打ち砕かれた。何がしたいんだこの子は。


「………」
「……その目はなにかな、政宗君」
「……………カキ氷」
「……うん、カキ氷だね」
「………食わせろ」
「やっぱりそうなるんだそうなんだ」


くそう誰だこの子を子供だなんていった奴。こんなに大人にたかるのが上手な十歳児が居るのだとしたら私は逆立ちで縁日の会場内を一周して来たって構わない。―だがその十歳児が私のすぐ隣でじいと私を見上げながらたかっているのだから現実は侮れないのだ。時折ちらちらと屋台のおじさんに目配せしながら、私の手をくいくいと引っ張る。傍目には可愛らしく催促するなんとも愛らしい光景だが騙されてはいけない。その矛先は完全に私の財布の紐への攻撃態勢に入っているのだから。


「………仕方ない、どうせこれでお別れならカキ氷くらい奢ってあげるよ。私もそこまで心の狭い大人でいたくないしね」
「yeah!おっさん!ブルーハワイとレモンをmixしたやつくれ!」
「あいよ」


ついでに私もイチゴを頼んで、泣く泣く給料前の財布の紐を解いたのだった。




(黄色と青は混ざり合い、)(ああまるで別れを告げる夕焼けのようだと)



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