「あ、こら!逃げないで!」
「るっせ!気安く触るなって言ってるのが聞こえねえのか!」
「大人にむかってその口の利き方は駄目って言ってるでしょ!全くどんな教育受けてたの君…」

呆れた。
容赦無しに髪やら服やらを引っ張って暴れるその子をなんとか家にまで連れてきて、運のいい事に買出しに行っている家族が帰る前に手当てを済ませてしまおうと包帯やら消毒液やらをとってきて、いざ応急処置と意気込んだのも束の間。肩に触ろうとすれば蹴られ血の滲む服を脱がせようとすれば殴られ。子供の力だからって普段から運動とは縁のない自分にはそれなりに効いて、押しも押されもせぬ攻防が続いていた。

「あー、ほら、あんまり暴れると傷口が開いちゃう、」
「こんなの怪我でもなんでもねえ!いいからさっさと帰せ!」
「帰したくてもそんな怪我見逃せるわけないでしょ」

堂々巡りだ。私だって和やかに過ごしきる筈だったお盆にとんだ厄介事が舞い込んでしまったと後悔しているのに。さっさと手当てして家族に引き渡してしまいたいのは山々なのだ。

「…ちゃんと、手当てしたら。帰してあげるから。だから、お願い。手当てさせて」

怒鳴ってばかりでも仕方ない。一度深呼吸。なるべく穏やかにと努めて、なだめるようにこちらを威嚇するその子にお願いしてみた。こちらを伺うように睨む細い瞳は、子供らしくない鈍い鋭さを放っていて少しだけ居竦んだ。でも、こちらも負けるわけにはいかない。包帯片手にじりりと距離を詰める。―――そのまま、沈黙の数分が流れた。じりじりと自己主張を続ける蝉の声をBGMに、睨みあう10歳児と20代の大人。奇妙な光景だ。

「…………shit!…やるならさっさとやれ」

その均衡状態は小さな彼の舌打ちと共に緩和された。ずい、と不躾に差し出された腕。自然と綻ぶ頬は、達成感からくるものか心を許してもらえた喜びからくるものか、はたまたその両方かは分からなかったけれど。ひん曲げた口先で腕だけを突き出し視線を背ける彼は、――なんだ少しは可愛げあるじゃないか。そうと決まれば彼の気が変わらぬ内に消毒液に手を伸ばし、手当てを再開した。





「ん。これでよし!」
「…………」
「これでばい菌は入らないと思うし、二三日すればかさぶたできて傷も塞がると思うけど…。あ、かさぶたは無理に剥がさないこと。痕になるから。かゆくてもかいちゃ駄目。あとはお風呂入る時は当分肩は湯船につけないことと―、」
「OKOK、分かったからしつこく言うな鬱陶しい」
「はい天罰」
「っだあ!?…ってめ、何しやがる!」
「大人に対して、…と言うか人に対しての口の聞き方がなってないので天罰です」

手加減はしたつもりなのだけれど、私の放った拳骨はそれなりに効果があったようだ。手当てが終わると胡坐をかいて、自分の膝に頬杖をつき尊大な態度を崩さない彼――聞き出したところによると政宗君というらしい――には少し教育が必要だ。親は?と聞けばふいっと顔を逸らされた。じゃあ住所、と問えば知らねえと低い答が帰ってくる。――どうやら、私は私の思った以上に私の望んでいた平穏な里帰りから足を踏み外したらしい。



(彼の隻眼が、) (暗く燈した光は私を惹き付けてやまない)



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