「弁!何をそんなに泣いているの?」
「ひ、ぐ…っ、……って、だ、っでえ…!」
「ああ、もう、そんなに鼻水を垂らして!まがりなりにも武家の子でしょう、しっかりなさい」


彼女は自分と寸分違わぬ年齢の割に、博識で冷静で、世話焼きだった。それは自分が余りに泣き虫で頼りなかったせいでもあるだろうが、やはり幾分かは彼女本来の気質なのだと思う。けれど、彼女の博識はまたそれとは違うもののようだった。俺の知らない難しい言葉を知っていたり、大人ですら首を傾ける知識を有していたり。数えで十幾つの子供が持つには少々不可思議な程の知識に、俺は何度も感嘆した。しかし、彼女になぜそのように博識なのかを訪ねても一切合切答えてはくれなかった。それは俺に限らず彼女の両親、果てには血を分けあった兄にすらも同じことで。彼女の両親すら預かり知らぬ知識。兄の持つ膨大な蔵書の中にも記されていない知識。どうやって知ることが出来るのか。彼女は俺が聞く度に、決まって困ったように笑ってみせるだけだった。


「ほら、弁。あまり泣いてばかり居ると、また昌幸様にお叱りを受けるわよ」
「ち、ちちうえ…っ!?な、ならぬ!ならぬぞ名前!ちちうえにつげぐちをするのだけはかんべんしてくだされ…!」
「なら、もう泣き止みなさい。でないと、佐助を呼ぶわよ」
「さすけもいかぬ!もうなきやむ!なきやんだからよぶな!」


彼女は俺をあやすことに関しては天下一だった。自分で思い返すのも恥じ入る幼少期。俺は事ある事に涙腺が緩む――所謂弱虫で、いつも彼女の手を煩わせたものだ。彼女はそんな俺に愛想を尽かすこともなく、よく付き合ってくれたと思う。今思えば、彼女は彼女なりに楽しんでいたのかもしれないが。度々城下の子供達や、城内の赤子を宥めている姿も見かけていた。他人の悲しみを察知し、瞬く間に喜びへと変化させる、それは一種の才能にも近かった。彼女は、悲しみには人一倍敏感であったから。―――それでいて、彼女はとても強い人だった。あまりに膨大な知識量に不気味がられ陰口を叩かれても、彼女は気丈に涙一つ見せなかった。否、もしかすると人に見られない場所で密かに泣いていたこともあったのかもしれないが、人前ではいつも凛とした笑みだけを称えていたのだ。俺は、そんな彼女が―――強く、凛々しく、それでいて柔らかに笑う――そんな彼女が、名前が、好きだった。







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(旦那あ、いつまで寝てんの!)(―……夢、か、)