「夏だね」
「夏ですね」


素っ気無い返事が返って来た。肌寒くない程度に空調の効いた部屋は存外居心地がよくて、予想外の雨の中無理に外でデートする必要もないだろうと室内デート―と言う名の勉強会に差し替えられた。昨日の夜にこやかに明日は全国的にお出掛け日和の青空が広がるでしょうとかなんとか告げていた新人女子アナに八つ当たりにも似た不満を抱きつつ、けれど名前の部屋に入れたならそれもそれで役得役得。なんて。我ながらに都合のいい性格だと思った。付き合ってから初めてお邪魔する名前の部屋に柄にもなく緊張していたりするのは俺だけの秘密。小さな折り畳みテーブルに向かい合って問題を解いていく合間、ちらりと伺い見た名前の表情は真剣で微笑ましくて。それを口にしたら拗ねてしまうだろうから、脈略も無い言葉が口をつく。ああ、本当に可笑しい。涼しい筈の部屋なのに、まるで夏の暑さにゆだってしまったかのようだ。


「夏と言えば海だと思わない?」
「思いますけど」
「バーベキューしたり、花火したり。まあ一番みたいのは名前の水着なわけだけど、」
「平和な脳内で尊敬します。でも私水着持ってませんよ」
「…え、まじ?」
「まじです」
「じゃあ今度俺様が選んだげる。似合うの探そうよ」
「…露出多いのはいやですよ」
「当たり前でしょー、いやらしい目で見られそうだし」
「先輩が一番あやしいです」
「ご名答」


なんて笑ってみせたら案の定教科書で頭を叩かれた。もう照れ屋さんなんだから!けらけら笑いながらからかったのはどうやら蛇足だったようで、もう一発叩かれた。人の脳は叩かれただけでいくつかの細胞が死ぬほど脆いんだということをこの前テレビか何かで見たのを思い出したけれど、別にいいかと投げやった。彼女に夢中な俺には脳細胞なんていくつあっても足りないのだから。


(足りない部分は愛で補っていこうね、なんて。)