「佐助はさあ、何を見ているの」
「んー、…?」


真っ青な空を映していた筈の網膜は覆い隠された。移りこむ色は黒一色。上から降ってくる声は指先から零れ落ちた音符のように軽やかで、らしくもなく安堵なんかを覚えたり。わき腹に感じる柔らかい感触はきっと名前の太腿だろう。寝転がる俺に跨って視界を遮っていることは容易に想像できて、昼間っからだいたーん俺様大感激、なんてからかってみる。案の定「ばっかじゃないの」と素っ気無い返事が返ってくるのだけれど。


「普通に空見てた。…あ、でも頭ん中はいっつも名前でいっぱいだけどねー?」
「気色悪」
「ひどっ、佐助泣いちゃう」
「寧ろその気持ち悪さに私が泣きそうよ」


なんでこんなの彼氏なんだろ。溜息と一緒に零れた呟きは聞こえないふりをした。ところでいつまで目隠ししてるつもりなんだろう。まさかそういう趣味に目覚めたとか言われたら、…それもいいかもしれな……、―……いや今のなし。ないない。俺がするのはいいけどされるのは断固拒否。何考えてんの俺。夏の暑さのせいでふつふつと煮えてきたのか、沸いた脳内で考える思考はどれもくだらないことばかりで、口に出そうものなら目を覆っている両手はすぐに首へとかけられることだろう。一人心中で苦笑を滲ませていたなら、ふとそれまでぴっちりと閉じられていた視界が緩められた。途端に指の隙間から差し込んできた太陽の光は流石に眩しくて二三回瞬き。ぼやけた視界が鮮明になる頃、予想通り俺に跨っていた名前の唇が震えた。


「…佐助はさあ」
「んー?」
「何を、見ているの」
「名前」
「うそつき」


決定的な四文字に余計な言葉を紡ぎだそうとしていた俺の唇は閉じた。怒ったような、…いや違う、どちらかといえば、そう、これは拗ねたような顔。口元を引き結んで、俺を見下ろす名前の指先が頬に滑る。その感触はどこか扇情的で、思春期真っ盛り健全な高校生男児としては背筋にぞくりとくるものを感じた。


「…なに、その顔」
「名前からのキス待ち」
「……噛み付いてあげようか」
「わあ過激!」
「変態な佐助クンは過激なのがお好きなんでしょ、…じゃなくて」


うまくはぐらかされたことに苛立ったのか少し荒くなる語気。頬に触れていた冷たい指先が、再び愛撫するように上へ滑って俺の瞼をなぞる。まるで目の形を確かめるように弧を描き滑る指先。少しでも力を入れられたなら、俺の瞳は潰れてしまうことだろう。ふ、と口先に感じる吐息。唇同士が触れるか触れないかまで接近したぎりぎりの体勢で、名前の瞳に射抜かれる。


「…私を、みて」
「………」
「見てくんないなら、佐助の目、潰しちゃうかも」
「……わあ、過激」
「…佐助クンは、過激なのがお好きなんでしょ」
「うん、大好き」


にやり。二つ弧を描いた唇同士は喰らいあう。
精々愛し合えばいいだろうと、呆れたように太陽は俺たちを見下ろしていた。