「先輩、先輩。だいすきです」
「わりィ、俺年上しゅ」
「先輩、だいすきです。愛してます。結婚しましょう」
「…未成年の結婚は親のしょうだ」
「先輩!新婚旅行はどこがいいですか、私は先輩とならどこだっていいです。ブラジルでもメキシコでもグリーンランドでもンジャメナでもエロマンガ島でもどこでもついていきます!」


聞いちゃいねえ。つかエロマンガ島ってどこだ。新婚旅行にどれだけのインパクトを求めたらんなとこを選ぶんだよ。
言いたいことは沢山あった。ただそれ全部を言っていたら埒があかないし、何よりも先刻から事如く俺の言葉を遮る目の前の物体(人間だと認めたら負けな気がした)の耳には全く入らないだろう。きらきらとした瞳をこちらに向けるそれは、俺の後輩などではない。それ以前に、それは高校生だった。なんで先輩などと呼ぶのかと前に流されること覚悟で聞いたことがある。その時は珍しく「先輩が先輩だったらきっと学校生活も愉しいものになったと思うので先輩です!」と頭の悪い俺にも至極分かり易い、くだらない理由を返答したのだが。それ、―――名字名前が俺に付きまとうようになったのは、今年四月。いつも通りトムさんと借金の徴収に行ったらいつも通りけちる奴にいつも通り俺がぶち切れていつも通りそいつをぶん投げて―それでいつもは終わる筈だった。トムさんがその場を収束させて帰りに久しぶりに露西亜寿司でも寄るか、なんて話しながら歩いていた俺達の前に現れたのは、小さな人影。割り込むように目の前に立ちふさがるものだから、俺もトムさんも呆気に捕られていた。そして、その人影―名字名前は口を開く。


「へ、わじま、さん!愛してます!」
「……は?」
「あの、えと、突然こんなこと言っちゃうのって失礼だって知ってますけどでもこの気持ちは止められなくてそのあのどうすれば伝えられるんだろって思ってたら勝手に口が開いちゃって、でも、ええと、あの、ほんとうにだいすきですあいしてます。一目惚れですけどへいわじまさんは私の命の恩人で愛すべきひとでかっこよくて、あ、え、うう、あの、愛してるんです!」


―――沈黙。
機関銃すら真っ青な言葉の銃弾を惜しむことなく呆然とする俺に叩き込んできたそいつの第一印象は、よく噛まねえな、だったことを微かに覚えている。
その後、場を落ち着けたトムさんに諭されて改めて話し出した少女は先程ぶん投げた奴に借金していたことが判明する。
―借金してる奴に借金してる奴。なんとも複雑な情報を手に入れながら、俺は数分前に男をぶん投げたことを後悔し始めていた。