「えぬくん」
「なあに」
「N君のトモダチはポケモンなんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあ、私はN君の何なの」
「何だろうね」


愚問だった。だからはぐらかすような答えを、返したのだけれど。どうやら彼女はそれがお気に召さないらしい。当たり前か。ボクだってはっきりしない答えは嫌いだし。ルートで延々と緩慢にはぐらかされるような、浮き足だった割り切れない答えなんて想像するだけで、………嗚呼、虫酸が走る。しばらくふてくされるようにムンナを抱き締め口先を尖らせていた彼女が、ふと瞳を煌めかせる。(、また何か思いついたのかな)


「そうだ!ねえね、N君。いちたすいちは?」
「2」
「ぶっぶー、正解は田んぼの田でした。なぜなら、」
「2」
「なぜな」
「2。1+1は2。2以外有り得ないよ。そうでしょうだってこの世界はカンペキな数式によって導かれた世界なのにそんな曖昧で屁理屈の累乗を重ねたみたいな答えボクはみとめな」
「ごめんね私が悪かった。ごめんなさい」


折れた。根本からぽっきりと。意地悪を言う彼を少しこらしめてやろー、なんてノリで挑んだ私が馬鹿だったという訳か。いっそ恐ろしい程に色白く整った顔に真顔を乗せ、彼は一呼吸で私の可愛らしい冗談を手折ってくださった。完敗である。基本的な思考能力では勿論のこと、何でもかんでも彼は私より完璧だ。肌の白さだって、髪質だって。そりゃあ私も女の子であるわけだから、これでも拘りはあるし身なりに気を使っている。のに。世の中というのはとことん不公平なものに出来ている。だからこうして、私は彼にとって許容し難いであろう屁理屈を捏ねてみせるのに。それすら一刀両断されてしまったら私はどうすればいいのだろう。悶々と考え込んでいるとムンナが苦しそうにしていたのかN君はとても哀しそうな顔を、していた。間近で。


「ち、近い、近いよNくん」
「苦しそうにしてる」
「うん、うん、ごめんなムンナ。はい、離した、離したからお願い。はなれて」


ぱ、と腕を広げムンナを解放してやれば、ムンナはほっとしたように(と言っても瞳は閉じたままだから雰囲気で感じ取るしかないのだけれど)私から少し距離をとった。罪悪感、プラス、微量な嫉妬。ポケモン相手はこんなにも慈愛の心溢れる心優しき少年N君。どうしてその優しさを私にも分け与えてくれないのか。流石に、ムンナになりたい、とまでは言わないけれど。


「―ああ、そうだ」
「ん?」
「さっきの」
「さっきの?」
「そう。さっきの。ボクのトモダチはポケモンだけど、キミは何なのかって話」
「ああ、それ」


ボクがさっきまでの話を引き摺りだせば、彼女は分かり易く視線をうろつかせた。答えを期待するような、けれど聞きたくないような。ありありと表情に感情を浮かべる彼女を、愛しく思う。愛しい、という感情がどんなものか、ボクはまだカンペキに分かったわけではないけれど。きっと、多分、こういう気持ちが愛しいというモノなんだろうと、ふと思った。目の前に彼女の複雑そうな表情がある。眼球にはボクが映っていた。静かな空間で、呟く言葉はやけに響いて、彼女は瞳を見開く。それは余りにも曖昧な答えで、けれど虫唾は走らなかったから不思議だ。



(カンペキな世界に滲む、異端分子に恋をする)