「………」


最悪、だ。
何が最悪かって私の数少ないボキャブラリーで説明するには些か難題のように思えるのだが、敢えて説明するとしたら骨折り損のくたびれ儲けというものを体験したとでも言えばいいだろうか。私の場合骨は骨でも大腿骨の複雑骨折くらいの重傷ものだ。視線の先で無駄に長い足と腕ををゆったりと組み屋上のコンクリに横たわる彼は、成程。美形という括りに入るのだろうけれど。今はその整った面にすら苛立ちを覚える。


「……教室に戻る気はありませんか」
「ないね、委員長サンこそ早く帰ったらー?」
「私は猿飛さんを連れてくるように言われたので帰れません」


何度このやり取りを繰り返せば、彼は床から放れてくれるのか。そんな私の思考を見透かすかのように「床が俺様を放してくれないんだよね」なんてへらへら笑う顔を、ああ―踏み潰したい。第一、一人称が俺様とか何様だ。床が放してくれない?そんな痛い発言が思い浮かぶその脳を一回見てみたいと思う。これで顔が残念だったら思い切り口に出して罵ってやるのに、美形と言うのは卑怯だ。


「委員長もここに来て寝ればいいよ、俺様と一緒にサボんない?」
「サボりません。教室に来てください」
「やだ。だって俺様あの範囲予習済みだし、つまんない」


今の笑顔に効果音をつけるとしたらきゃるん、だろうか。気色悪い。鳥肌がたつ。語尾に星が飛んでみたのは幻覚ではないだろう。思わず口元が引きつってしまった。この美形は、顔面の点数だけでなくテストの点数も満点物なのだ。悉く、人間というものは不公平にできていると思う。


「委員長だってさあ、頭いいんだし一回くらいサボってもいーんじゃないの?ほら、息抜きだと思ってさ」


こいつは。こいつは、私が血の滲む程の努力をして手に入れたものを、何の苦労もなしにその手中に収めるのだ。まるで、私を嘲笑うように。海水の中、必死に淡水を求める金魚を掬い出しては落として、無様に身を捩る様を楽しんでいる。おいでおいでと片手を宙で揺らすその仕草さえ、私には挑発しているようにしか見えない。


「駄目、です。いい加減にしないと、私も怒りますよ」
「もう怒ってるでしょー、委員長の目、さっきから俺のこと否定的な目で見てるし」
「…………」


気付いてて、やってるのか。性悪め。また、ゆったりと腕を組みなおし、彼は口元だけで笑みを浮かべる。勿論、その場から動く素振りは全く無い。ただ、思わせぶりに隣にスペースだけを空けて。―ああ、くそ、だから、私はこいつが、嫌いだ。私の努力を嘲笑い、私の言葉を聞かず、海水の中に放り込む。金魚は泳げない。――そして、静かに、金魚は彼の手の中に落ちてゆくのだ。