僕は知っているのです。僕はずっとずっと前から、知っているのです。どれくらい前かと言うと、彼自身がそのことに気づく前から知っていました。

 彼は言います。

『雷蔵!聞いてくれよ!気に入らない奴がいたんだ!』

 彼が言う、”気に入らない奴”。その子のことはよく知りません。彼は昔から僕よりずっと友達が多い人でした。持ち前の好奇心と、その悪戯好きの性格で悪さをして、それでもすぐに打ち解けて仲良くなるのは彼の特技でした。加えてその要領の良さから昔から成績も優秀であった彼はろ組の中でも頭一つぬける程で悔しいけど凄いと周りの皆も認めており、その頃人見知りで内気な僕はとても尊敬していると同時に、そんな彼と特別仲の良かった自分が少しだけ誇らしくもありました。

 そんな彼の“気に入らない奴”です。

 僕は気になって耳を傾けます。すると、彼は不満そうに文句を言うのです。

 不満そうに、文句を言いながら。それなのに嬉しさを隠せていない口元が微かに弧を描いていて、僕は、ああ、と。

 きっと彼は。

『い組の奴!脅かしたって全然驚かねーし』
『忍たまの友ばっかながめてるから難しい問題出してやっても全部答えやがんだよ!』
『やっと話し出したと思ったらさぁ!豆腐の話ばっかでーー…』

 特別仲の良かった僕だから、ほんの些細な彼のまた別の“特別“に気がついてしまったのです。

(それでも僕は君がその気持ちに気づく時、君に幸せになってほしいと心から願うから、幸せとは叶わなくともどうか相手も同じように、彼のことを想ってほしいと、)





「兵助」
「ん?」
「お前にとって、きっと一番最善な方法をとるんだよ?」

 その言葉の本当の意味をそっと胸に閉じ込める。

 ごめんね、兵助。なんてお門違いな謝罪をひとつ唱えた。

 でも。少なくとも今のお前に、三郎はやりたくないって、少しでも思った自分に嫌気がした。