気づいていたのだはじめから。いや、そもそもはじまりなんてなかったのかもしれない。繋いでいたつもりだった手は結ばれることはなくて簡単に宙に舞う。彼の向ける視線など、今まで深い土色か、見上げる空、それしかなかったはずだったのに。私すら映さないその瞳は何者にも捕われないと思っていた。勝手に、思い込んでいたのだ。

 名を呼べば、うんと返される。もう一度名を呼べば、なに、と。聞かずとも分かっていることを、聞く趣味などさらさらない。

 タカ丸さんと久々知先輩が別れたと風の噂で聞いた。その言葉を耳にした時、ああ、もう、駄目なのだろう。そう思った。

 タカ丸さんと久々知先輩が別れたと風の噂で聞いた。その時から、喜八郎はタカ丸さんにいつも以上に遠慮することなく付きまとうようになった。当の本人が気づいているのかは知らないがそれは誰からみてもあからさまだ。

「喜八郎、」
「ん、」
「あまりタカ丸さんに迷惑をかけるのはよせ」
「うん」
「……タカ丸さんも、迷惑なら迷惑と言って頂いてかまわないんですからね?」

 そんな言葉を言えば、タカ丸さんは私と喜八郎を少しだけ羨ましげにみて、「滝夜叉丸君は綾ちゃんのことが大好きなんだね」と笑う。返す言葉がなかった。ほかでもない、真実だったからだ。しかし口を結び言い淀む私に言う。喜八郎はひょっこりと顔を覗かせて私を見た後に、タカ丸さんに薄く微笑みかけるのだ。

「違いますよ、私が滝のことを大好きなんです」

(ああ、お前はとても馬鹿だ)

 そんなことを言っては、相手に感違いされてしまうだろう。いや確かにお前が私を好きなことは分かっているのだが。違うんだろう、お前は、知っているんだ、私は。だから、だからもう、私のこころを乱すのはやめてくれ。

 思っても、口から出ないことば。お前など嫌いだと、一言言えてしまえばよかったのだろうに。

 タカ丸さんは笑っていた。喜八郎も笑っていた。もしかしたら届かない想いを抱きながらも笑うふたりと同じはずなのに、私は笑えなかった。

 喜八郎ははじめから、タカ丸さんと久々知先輩が付き合い始めるもっと前から、タカ丸さんを求めていたのだと、気づいていたのはほかでもない。

(もっと、もっと前から、私は、ずっと)