おやまぁとなんとも言えない声だ。穴に落ちた俺に向かってそんなことを呟いた彼。穴から這い上がろうとするとぐい、と顔を近づけられてぎょっとしてもう一度転落してしまう。

「おやまぁ」
「……綾部、」
「はい?」
「いや、その、驚くから」
「……?」
「あー、まぁいいか」
「久々知先輩が落ちたのははじめてでしたので驚きました」

 悪びれもせず言う彼に苦笑して今度こそ穴から這い出て装束についた土を払った。

「ばーか」
「えっ、わ、三郎?」
「何後輩の罠に引っ掛かってんだよ」
「おい、危ない、また落ちるだろっ」

 俺の肩にもたれかかる様にいきなり突撃してきた三郎のせいで危うくまた落ちそうになった。油断も隙もない、というか、なんで俺、今ここにいるんだっけ、おかしい、あれ。そんなことを考えているうちに綾部は目の前から姿を消していて(また新しい蛸壷を掘りにいったんだろう)三郎はと言えば俺にもたれかかったまま肩をぐらぐらと揺らした。

「何お前まじで落ちたのか」
「え、いや」
「……熱でもあんの?」

 引きはがされてぐるりと向かい合わせにされてかと思うと額に手を当てられる。突然のことに思考が追いつかない。今自分が何をしているのかも何故此処を通りかかったのかも分からなくなってしまった。何も、分からなくなってしまった。

「は、」
「どうした?」
「どうしたって、お前がどうしたんだよ、いっつもおかしいけど今日はより一層おかしいぞ」

 酷いことを言うもんだおかしいなんて、何がおかしいんだよ。そんな驚いた顔してる三郎のほうがよっぽどおかしいと、口に出そうとも遮られて。

「いきなり泣くな、俺が泣かせたみたいだろ」

 俯いて目のあたりに手の甲をあててみたら、あれ、ほんとだ、今まで泣かなかったのに、そこまで哀しいなんて、そんなわけなかったのに、どうしてこんな、止まらないし、三郎の前だし、まずい。

「いや、」
「……?」
「泣いたっていいんだよな、誰にも言ったりしないし」
「……はは、信じられないな」
「無駄口」
「ふ、悪い、ありがとう」

 頭をぐいっと押し込まれてわしゃわしゃと乱暴と撫でられた。きっと三郎は、知ってたんだな。

「正しいか正しくないかで言ったらどうだと思う?」
「なんだよいきなり」
「自分の選択」

 そんなの、きまってる。ああ、そうか、三郎。何でここにいるって、そんなのはじめから答えは出ているからに決まっていると、お前は教えてくれたのだろうか。

「お前、後悔ってしたことあるか」
「お前には教えない」

 それが、答え。悔やんでも戻らないことは、悔やんでも戻らないことを強要された彼が一番よく知っているから、俺は俺の決めたことに、後悔なんてしてはお前にも見捨てられてしまう。

「三郎、俺さ、正しいと言えるように、」

 生きていこうと、手を放したときから決めていたことだ。この涙を流し終えたらもう見失わないようにするよ、だからお前がそんな顔をせずとも、ほら、俺のせいで苦しそうにするのはやめてくれ。