柔らかく笑うその表情は、何も知らない瞳だった。いや、俺が知っていることを知らなくて、俺が知らないことをきっともっと知っていた。そんな笑顔が好きだった。それでもその笑顔が揺らぐ瞬間を俺は知っていた。それに俺は耐えることができなかった、手を伸ばして掴んでも、涙が止まらないんだ、謝っても謝っても、困り果てて自分より高い位置にある彼の頭を撫でてみても止まらない。どうしようも出来ないのだと知った。初めから知っていたのに手を掴んだ自分が悪かったんだと思い知った。その春のような温もりが欲しいと手を握り返したのは確かに俺で、振りほどいたのも俺で、大切にしたかったその笑顔を自分勝手に振り回して、それなのに彼は泣きながら笑うのだから、もう、どうしようもなく愛しさがこみ上げて、熱くなる瞼。

「ごめんね、兵助君」

 ごめんね、なんて、俺の台詞ですよ、タカ丸さん。

「大切にしてくれてありがとう」

 優しい人だな、貴方は。そんな言葉を、俺に、俺なんかにくれるんですね。

「俺も、俺なりに大切にできたかなぁ」

 純粋な人だった、今まであったどの人よりも透き通る春の日差しの様な。大切にして頂きましたよ、これでもかというくらいに、あたたかな気持ちを頂きました。俺は貴方に何かをあげることができたんでしょうか。目頭を押さえて息を飲む。零れ落ちようとするそれを押し込めて手を離せば伸ばされる手を掴んだ。

「お別れの、握手」
「お別れですか。……そう、ですね」
「兵助君」
「はい?」
「冗談だよ、だって同じ学園にいるんだから」
「はは、はい、そうですよね」
「これからもよろしくね」

 こちらこそ。そう返す前に回される腕に抱きしめられて、ごめんね兵助君やっぱり耐えられなかったなんて言葉が降って、俺は何も返すことができなくなった。やめてくれだなんて言えるはずがなかった。だって俺は、まだ貴方が、貴方のことが。

(どうしようもなく、)