「滝、」

 突然、ぽつりと呟く綾ちゃんに、隣でごろんと寝そべっていたオレは身を起こして彼の隣にすうっと寄りそうように外を眺めてみる。視線の先には彼の同室の相手が後輩に実技の指南をしている最中だった。無意識に零れたものだったのだろうか。頬杖をつく彼の目線はただぼおっとその人を映している。

「あーやちゃん」
「はい」
「滝夜叉丸君ばっかりみちゃ、だあめ」

 大人げなかったかもしれないが、こんなふうに言うことも実際あまりない。むしろはじめてかもしれない。何しろ、嫉妬心をむき出しにできるほど自分は彼に愛されている自覚に足りていないのだ。口にしたらもしかして、そんなことはないと嬉しい否定が返るのかもしれないけれどあまり期待はできない。何しろ彼の思考は彼のものでしかなく、オレの考えでは到底及ばない次元にあるからだ。

「タカ丸さん」
「はぁい」
「滝って、かっこいいですよね」

 まっすぐに、滝夜叉丸君を瞳に映しながら言う。耳に、後れ毛をかける仕草が妙に色っぽくて、オレはと言えば、隣にいる綾ちゃんのふわふわとした髪を柔くすいた。

「ねぇ、綾ちゃん。オレは?」

 首を傾げて、覗き込むように目を細めると、触れていた髪がするりと逃げて、どたん、と床を叩く音。

「……あ、綾ちゃん?」
「……」

 表情は幾分も変わらないまま、腕で体を支えるようにして背後に倒れこんだ相手と視線はぴったりと重なっているのに、感情がよめない。おそるおそる、綾ちゃんの頬に触れる。なんだかいけないことをしているような気分になって、心臓がいち、にと揺れた。窓の外にいる彼らから、みえるはずもないのに友人が近くにいるというだけでそれすらも感情を高ぶらせるひとつの要因になり得るのだと知る。顔が、熱い。なのにどうして君はそんなに平然としているの。尋ねようとした瞬間、ゆっくりと開かれた唇。

「そんなの、」

 いつも思ってますよ、今だって、ほら。手首を掴まれて、促されるように彼の左胸に手のひらを寄せれば。

「タカ丸さん」

 大げさなくらいに脈打つ心音はまるで自分と変わらなくて。

「だいすき」
「オレも、だよ」
「滝もかっこよくてだいすきだけれど、こんなに気持ちが揺らぐのはあなただけです」

(これ以上はいらないって確かに思うのに、涙が出そうなくらい、きみがすき)