いつかいなくなるだろう。彼は言った。うっすらと瞼を開いて、穏やかに笑みを浮かべて。俺はその手をとる、ゆっくりと、同じようにこの空間に見合うように、今すぐにでもこの腕で抱きしめてしまいたい衝動を抑え、出来るだけ穏やかに。

 取り繕うの簡単だ。優しい嘘も、いつかは解けてちりぢりになって残骸すら残らない。意味はないのだ、言葉は、きっと待つであろう残酷な未来に。分かっていても今を生きる力になるならばと紡いだそれも、故意に崩されてしまってはやるせなくて。

 笑顔が悔しいんだ。苦しいって顔をしてくれればいいのに、泣いて、縋ってくれればやがては嘘になり得る言葉を腐る程吐き出していくらでも温もりを分けてやれるのに。

 いつかはいなくなるだろう。彼は言った。けれど僕らには今がある。彼は言う。

『ハチには優しい嘘さえ、ついてほしくないんだ』

 そんな利己的な考えを押し付けて満足そうに笑う。

 いつかはいなくなるだろう。僕はお前の前から、お前は僕の前から。

 不器用そうな指、確かめるように先をきゅ、と握れば微かに震える。

「嘘なら、吐くさ」

 求められずとも、望まれずともいくらでも、お前が嫌と言うまで例えば、逃げ出してしまいたくなるくらい。

「そんなの、僕が好きなハチじゃないよ」

 困ったように笑う。紛れもない未来を突きつけて、振りかざすお前の笑顔を崩してまでつく嘘に価値はあると思うんだ。