「滝夜叉丸くーん」

 い組の教室、滝夜叉丸君に授業で分からなかったところを教えてもらおうと思ったんだけど、ああ、やっぱりいないみたい。もう授業も終わったし、委員会の活動にでも行ったんだろうか。教室を出る前、気配に、ぱ、と目をやった視界に映る風景、柔らかな髪が風に揺すられてふわり、ふわり教室隅の机。綾ちゃんだ。抜き足、差し足、そろそろと彼が身体を預ける机の前まで足を進めて、その前にそっとしゃがんだ。腕の隙間から覗かせる寝顔が、のびる長い睫毛が、女の子みたいだな、なんて思った自分に照れ笑い。そのまま自分も机に身を預けてみる。彼のふわふわの髪が、小さく頬に触れて、くすぐったい。ああ、なんだか俺まで眠くなってきちゃったな。少しずつ瞼が重くなる。勉強、教えてもらわなきゃだったんだけど、もう、いいかな、明日でも、いいかな。と、もう少しで閉じられた視界に、一点、ぱちり、目を開いた顔がそこにあって俺は瞳を瞬かせる。あれ、おかしいな。

「……綾ちゃ、」

 遮られる、言葉。

「喋っては、だめです」

 そう無表情な彼にぐっと息を飲んだ。

「……タカ丸さん、息はしていいです」
「……はぁっ、あ、そっか」

 返した俺に、だから喋っちゃだめだと繰り返した彼。綾ちゃんって、名前を呼びたかったのにな。どうやら許されないらしい、俺は彼の言い付けを守るように口を結ぶ。そうして綾ちゃんはまた瞳を閉じた。その髪を触っても、拒否はされなかったから、多分大丈夫だってことなんだろう。ああ、綾ちゃんの髪は柔らかい。

「……タカ丸さん」

 なあに。多分綴じたままの瞼から、彼は俺をみているのだろう。

「滝はいないですよ」

 うん、知ってるよ。

「滝に用事があったなら、」

 そっか、彼は図書室にいるんだね。それよりそうか、それを分かっているってことは、君ははじめから意識を閉ざしてはいなかった、というかはじめの言葉で、目を覚ましていたのかな。

「私では、役不足でしょうか」
「ん、」

 もう喋ってもいいのかな。いいかな、いいよね。机に頬を預けたまま彼と視線を重ねて、

「綾ちゃん、俺に、お昼寝の仕方教えて?」

 ふにゃりと微笑むと、彼も。長い睫毛を伏せて薄く笑った気がした。