お前が笑うのが好きだって思う。とても好きだって思う。あまりに屈託のないその無垢な表情が、好きだって思う。変わらない、変わることはない。抱きしめられる腕は温かくて、伊作、伊作と紡がれる声が優しく耳にこだまする。意味もなく呼ばれる名前が心地良いだなんて、ああ、お前のせいだね。

「いさく」

 顔を上げれば柔らかに。前髪を描き分けるようにしてからそっと触れた唇はすぐに離れた。

「ねぇ小平太」
「ん、」
「意味もなく名を呼ぶのはやめてよ」
「なんでだ?」
「意味はないけど」
「じゃあいいじゃないか」
「良くないよ」
「ううん、なら意味があればいいのか?」
「……考える」
「……伊作は面倒くさいな!」
「うるさい、面倒くさい僕は嫌いかい?」
「そんなことあるわけないだろ」

 何故彼は笑うのだろうか。僕を巻き込んで、お前の世界で笑うんだろうか。汚さも、醜さも、引き連れてそれでも鮮やかに笑う。太陽の知らぬ僕らの過ちを暗闇の中で月にさえも敬遠された逝く末に。

 顔を埋めて鎖骨の辺りに噛みつけばごり、と骨の軋む音がして、それからくぐもった吐息が零れる。少しして、震えた掌が僕の両肩を捕えて、仕返しと言わんばかりの勢いで首筋にぎりと噛みつかれる。

「こへ、いたい」
「伊作だってやったじゃないか」
「……血は、出なかった」
「伊作の血はおいしいから」
「うわ、ひく」
「冗談だろ?」
「小平太でも冗談って言えるんだ」
「……私を馬鹿にしてるだろう」
「うん、ちょっとだけ」

 そうしてまた小平太の胸に顔を埋めた。ぎゅうっと装束を掴み縮こまるみたいにして。好きだと思った、分厚い胸が、筋肉質な腕が、痛んだ髪も、無垢な笑顔も、掠れた笑い声も、純粋すぎる感情も、全部全部、偽善じみていて、いっそ僕よりも醜くて、汚くて。

「うそ、愛してる」

 意味もなく呼ばれる名前が心地良いだなんて、だってお前が呼ぶのなら僕の名も少しは綺麗に聞こえるだろう。どうしたらいいか分からない自分でもかわいそうなお前が傍にいれば迷いも薄れてくれる。愛おしくて愛おしくてたまらないよ、だから僕は。

(残酷に笑うお前だけを、愛しているよ)