風呂から上がって部屋に戻ろうと襖を開けると机の前に横たわっている背中が見えてため息をつく。

「おい喜八郎」
「……、」

 呼んでも返事はなく仕方なく膝をついて肩を軽く揺すれば滝が触ったせいで骨が折れたなどと無駄口をたたきだす始末。

「そんなところに転がっていないでお前もさっさと風呂にいけ」
「んー」

 明らかに行く気のない返答、仰向けになった相手に手を伸ばされる。まだ乾かない髪に指が触れて、装束から香る土の匂いが微かに香る。

「滝、冷たい」
「直に乾くだろ」
「うん」
「そんなことより、」
「うん」
「風呂にだな」
「うん」
「……」

 うんうんと繰り返すだけの相手はその場からまったく動こうとはしないものだからもういい加減ほおっておこと布団を敷こうと立ち上がろうとした時だった。

「滝、」

 呼びとめられて軽く首を傾げる。と、相変わらず表情の薄い視線がこちらに向けられてそれでも呟かれる言葉にはまるでこちらが悪いような意味合いが含まれているみたいに。

「滝、冷たい」

 お前は一体何がしたいんだ。そうもうひとつため息をついて眉間に皺を寄せれば微かに細められる目にじわり。

(ああ、くそう。持っていかれる)

「私、滝の困っている顔がとても好き」

 伸ばされる手に引き寄せられるようにして唇を触れさせれば。

「滝、温かい」

(そう言って、笑った)