寝そべって足を投げ出して天井を見上げた彼は言う。

「伊作も留三郎も器用だよな」
「どうしたの、突然」

 突拍子もなく呟かれた言葉に私は瞳を瞬かせてから遠慮がちに笑う。留三郎はと言えばひとり机に向かっていた身体ようやくこちらに向けた。

「まぁ、お前よりは器用なんじゃないか」
「はは、そうだね、小平太よりはね」
「む、ふたりとも酷いな。私は真剣に誉めているのに」

 仰向けになっていた身体を起こして胡坐を描いた小平太が頬を膨らませる。小平太のことだ。確かに皮肉でこのような言葉は口にしないだろう。

「私がものを壊しても、留三郎は簡単に元通りにしてくれるし」
「簡単ってお前、少しは反省しろ」
「しているぞ」

 そう言ってにかっと歯を見せた小平太に留三郎は眉間に寄せていた皺を伸ばしてため息をつくと「どうだか」と、ようやっと小さく笑みを零してまた机に向かった。彼の笑顔には敵わなかった。勝つとか負けるとか、そういう意味の敵わないではない。彼の笑顔にはそれ以上の意味は存在しないことを知っているから留三郎はそれ以上なにも言わなかったんだ。

「伊作は私が少し大きな傷口を作っても、簡単に縫い合わせて繋いでくれるし」
「……小平太、やっぱり反省してないでしょ」
「してるって言ってるじゃないか。それに、感謝もしてるしな」

 本当だろうか、本当なんだろう。その言葉に私も留三郎も苦笑した。暫く沈黙した後、小平太はまたごろんと床に大の字に寝そべって言う。

「伊作も留三郎も器用だよな」
「……」
「器用なのに、優しくて不器用だ」

 言葉に、筆を走らせていた留三郎の手が止まったのが分かった。なんてことを言うんだろうと、お前に一体、何が分かるんだとでもいいたかったのだろうか。いや、違う、違う。

 仰向けの彼は目を綴じる。

「私とは、逆だ」

 その言葉に籠るのは得体のしれない何かだった。それは確かにそこに存在していた。妬み羨み蔑み、自嘲気味に笑う小平太は天井に手をやる。両手を伸ばして、伸ばして、空気を掴んだその手を、私はぎゅっと握った。

「伊作の手だな」
「よく分かるね」
「好きな奴の手だからな」

 やっと瞼を持ち上げてくしゃりと笑う小平太。

「お前ら、いちゃつくなら他でやれー」
「おう、悪いな留三郎、外してくれないか」
「俺の部屋だろ」
「伊作の部屋でもあるぞ」

 そんな小平太の言葉に苦笑すると、どうにかしろと私に視線を向けた留三郎にごめん首を横にして言った。

「……ったく、貸しひとつな」
「おう、おっきいの返してやるから!」
「期待しとく」

 よっこらと立ち上がって部屋に背を向けたままぴしりと戸を閉めた彼がみるはずもないが、小平太はふいふいと手を振っていた。我ながらとんでもない相手を好きになったものだと思った。

「小平太」
「留三郎は優しいな」
「小平太」
「留三郎は優しい」
「小平太、」
「私は怖いよ」
「お前らしくない」
「うん、でも怖いんだ」

 きっと彼の怖いに対して何故と聞くのは野暮なんだろう。その気持ちを込めて手に込める力を強くした。私に優しいと言った彼に、私は優しくした事なんてあっただろうかと思った、ねぇ小平太、私は優しいかい。

「伊作も留三郎も、器用なくせに優しくて不器用だからもしかしたらふたりして私を騙しているんじゃないかと不安になるんだ」

 ああ、お前は卑怯だ。不器用なフリをして、そうやって器用に自分の気持ちを私の心に入り込ませる。単刀直入に言えばいいじゃないか、いつものように。お前は私に言わせたいだけなんだろうまったく自分勝手にも程がある。そう簡単にいくなんて思わないでほしいな。自分の思い通りにいくと思ったら大間違いなんだよ。

「ああ、優しいよ、お前なんかよりずっと留三郎は優しい」

 続ける前に、握っていた手を床におろして、唇をそっと押しつける。

「でも私はお前だ好きなんだ。これで満足か?」
「うん、満足した」

 本当に不器用なんだ、留三郎は。彼が自分の気持ちを押し込めているさまを目の当たりにした今日もそう、胸の奥のほうが、ぎりぎりと痛む。ねぇ小平太、優しさは怖いよ。それは強いようで、簡単に壊れてしまう脆さと常に隣合わせだ。私にはその力がある、だから私は、お前がいいんだ。優しくなくても、お前がいいんだよ。

「小平太」
「ん」
「私も留三郎が怖いんだ」