小平太という人間は滅多に人に嫉妬心を抱いたりはしない。嫉妬心どころか怒り等と言ういわゆる不の要素を含んだ感情をあらわにすることはしないのだ。心にも思っていないに違いない、きっと生まれる前に削除されているのだ、彼の中では。そう思うほどに彼からはそんな要素を認識することはなかった。

 それが、だ。この状況はなんだろう、実戦で同室が外出していると知ってのことだったのだろうか。私の部屋に訪れた小平太は部屋に入ってくるやいなや私を壁の際まで追いつめて腕を板張りへと叩きつけた。痛いって、なに、いきなり。言えば黙った彼は無表情に笑った。矛盾しているようだがその表現が一番しっくりくる。確かに、表情を作らずに、笑っている。

「こへ、」
「伊作」

 からりと軽い声だった。何を思っているのか、まったく分からないくらい、その音以外何も含まれていない声だった。

「留三郎と何を話してたんだ」

 いつもと変わらない声だった。それでも突きつけられた手の平が壁からぎしりと音を鳴らした。

「普通の、会話、だろ?」
「……普通、そっか」

 小平太の視線が痛い程真っ直ぐに私の目を捕えて逃がしてはくれない。元よりそらすつもりもないので同じように視線を向けるけど、相手の眼力に怯まないようにと神経を集中させた。

「伊作は、普通なんだな」
「なに、」
「こうやって」
「っ痛、」
「触らせるのが」
「小平太っ」
「普通なんだろ?」

 壁から移動した手が私の手を掴んで握った。痛い、痛い、痛い、なんだって、ああ、違う、そうか、留三郎が。

「小平太、痛いよ」
「うん、ごめん」
「放せって」
「放せないんだ」
「どうして」
「伊作が好きだから」

 痛いほどに掴まれた腕を放すことはしない相手の胸に埋められた頭を抱いた。触れているのに触れていなくて、揺るがないのに揺れている。真っ直ぐなのに歪んでいて、鈍いのに鋭い。ああお前は私を、どこまで翻弄すれば気が済むのだろう。

「小平太」
「ん、」
「お前が嫉妬なんて珍しいな」
「よく分からないんだ自分では」
「だろうね」
「伊作は分かっているのに教えてくれないのか」
「私はそこまで優しくないよ」
「酷いな」
「お前ほどじゃない」
「伊作」
「うん」
「たまにお前を殺してしまいたくなるんだ」
「なにそれ、怖いなぁ」

 狂気だ。純粋な狂気だった、これほど真っ直ぐな狂気など、他に誰が持ち合わせていようか。それでも分からなくないな、と思った。その気持ちが理解できる自分もまた彼と同じ、どこかおかしいのだ。埋められた鎖骨のあたりにぎりりと痛みが走る。冗談でなく、かなり痛い。制御できない獣のように求めようとする相手。

「ん、伊作」
「……なんだい」
「私を殺してもいいぞ」
「お断りするよ、無駄な殺生だ」
「ああ、やっぱり伊作は酷い」
「誉め言葉だね」
「ひねくれている」
「お前は真っ直ぐだ」
「殺してくれないのか」
「殺してほしいの」
「殺したい」
「だから怖いって。でもまぁ本望かな」
「伊作はおかしいな」

 そうかもしれないって笑って黒く沈んだ髪を掻き毟るように抱いた。