「長次は優しいな」

 その言葉が、その小平太の言葉が僕を駄目にした。目の前が暗くなるような感覚。心に宿る黒い感情が少しずつ溢れ出して体中を埋め尽くすような。こんなこと、感じたくないのに、こんな思い、したくないのに。どうしようもない、どうしよも、ない……。

「あれ、伊作?」

 図書室の前で足を止めたままの僕を、小平太は中へと呼び込んだ。長次は僕をみてこっちにくればいいというようにひとつ、頷いた。

「……いや、いいんだ何でもない」

 そう言って自室へと戻った。

「おかえり、早かったな。お目当ての本は……なかったのか?」
「ああ、うん」

 そっけなく返す。なかったかは知らない。だって探してない、図書室に入ってないんだからそんなの知るわけない。留三郎は僕の異変に早速気付いたようで眉を寄せた。

「……小平太の馬鹿」
「また、小平太?」
「……僕がこんなに、」
「そっから先は言うなよ、俺がいんだぞ」
「……うるさい」

 ため息をつかれた。それでも僕を抱きしめた。

「……なんで僕なんか好きなんだよ」
「……あほ」

 好きに理由なんてあんのか。
 はい、ごもっともでございますね。

「僕なんか好きにならなきゃ良かったのにね」
「……お前が小平太を好きにならなきゃよかったのにな」
「……ばーか」

 嫉妬なんて、する必要ねえよなんて言われた。留三郎みたいに?そんなの無理だ。だって僕がもし留三郎なら、殺したい程僕が憎いだろう。

「小平太は大丈夫だよ」
「嘘。だって僕が留三郎なら小平太と長次がくっつけばいいのにって思うもの」
「俺は俺だよ。」
「なにそれ喧嘩うってんの」
「性格悪いとは思ってる」
「……」
「……そんなお前が好きだよ」

 馬鹿だよ、留なんか。そう言えばうんとうなづいた。留なんか嫌いだよ。そうしたらまたうなづいた。本当に小平太は大丈夫なの。うん。僕のとこに戻ってくる?うん。うん、うん、

 繰り返される肯定は何故こんなにも心地良いんだろうか、確かに僕は性格が悪いかもしれない。だけどね、君を好きになれたらって思ったことだって確かにあったんだよ。

 この心地よさも、君の“大丈夫”も、なくしてまで僕は小平太が欲しいなんて、

(ああどうか、優しい君に、幸せな未来を)

 願うばかりは、自由だと、それさえもいつか、君が教えてくれたこと。