「三郎は素直じゃねえからなぁ」
「まあ、兵助だから問題ないじゃない?」
「ああ、それもそうだな」
「ハチ?」

 兵助の誘いを断っていたらしい。でもそれはどうやら本心からではないみたいで、雷蔵が諭せば行ってくると顔を赤らめていたそうだ。二人は町に買い物に。だから俺は今、雷蔵とふたり、こうして。他愛もない会話のなか、ふわふわと揺れる茶色の髪に思わず顔を埋めた。ふわふわ、ふかふか。それがなんだか、おいしそうにみえたからなんて言ったら雷蔵は怒るだろうか。まぁ、雷蔵はそんなことじゃあ、怒らないんだろうな。

「どうしたの?急に」
「ううん、何でも、ねえよ」

 穏やかな優しい声。母親みたいに優しい声。甘い、香りがする。だからって、こんなふうに雷蔵に引き寄せられてしまうなんて、

「雷蔵って花みてぇ」
「なにそれ」

 それじゃあ僕にくっつくハチは蝶々?

 そんなふうにちょっとだけあきれたみたいに言ってくすくすと笑った。俺は、そんな綺麗なもんじゃねぇよ。だってそんなつもりで言ったんじゃないんだから。

「そんなことないよ、ねえハチ、くすぐったい」
「やっと雷蔵に触れたのに、」
「……三郎?」

 やっとだったのに。名残惜しくもばれないように髪に小さく口付けをしてから離れた。まあお察しの通り。

「あいつ俺が雷蔵に触っただけで凄い顔するし」
「……しないとは言わない」

 今度は楽しそうにけらけらと笑う。

「笑いごとじゃねぇよ」
「あはは、ごめんね」

 あの時の三郎の顔の怖さったらなかったなぁ。いや、それ自分の顔だろと言えば僕はあんな顔しないものと返される。まぁ確かに。

「でもさ、悪い気はしないじゃない?三郎ってかわいいよねぇ」
「俺は困ってるわ。まぁ否定はしないけど」
「あれ。拗ねてるの?ハチもかわいいよ」
「……あのなぁ、冗談きついっす」
「じゃあ……かっこいい?」
「おうよ」

 それ本気で言ってないだろ。ううん本当に思ってる。そう微笑まれた。雷蔵は暖かい。三郎のことは、仕方ないって思ってるよ。だって、あいつにはちゃんと兵助がいるし、だけどさ、たまにはこうして、雷蔵を独占したいって思ったりだって、する。

「ねえ、ハチ」
「ん?」
「僕はハチのものなの?」

 唐突に、そう問われて、言葉が出てこなかった。触れる。雷蔵の細くて、柔らかい指が、俺の頬に。俺のものだよって、そう言えたら、どんなにかっこよかっただろう。

「まあいいや。だってハチは僕のだもんね」

 そう言って顔を赤らめながらも微笑む雷蔵が、どうして、かっこよくみえないはずがない。

「そう、だな」

 なんて俺も顔を赤くして。ああ、なんてゆうか。俺、本当に蝶々だったら、良かったのになぁ。雷蔵が花で、そしたら三郎に嫉妬なんかされずに、いつだって雷蔵の横にいれるから。