真っ白な世界にきゅっきゅと足跡を残しながら歩いた。上を向けば灰色の空からふわふわと舞い降りる。息を吐けば白く光る。こんな真夜中ではいつもは賑やかな校庭でも響く音はひとつとしてなくて自分の呼吸の音だけが寂しく取り残されたみたいにそこに存在していた。

 それでも独特の音がした。息を潜めるようにして踏みしめる雪はくぐっと何かが小さく擦れる音みたいに。それが何かって、そんなの、ここに俺を呼んだ人物の足音だろうと。

「……七海?」

 振りむく前に顔を柔らかい何かで覆われて。わけがわからなくて抵抗する間もなく。恐らく何かをぐるぐると巻きつけられているんだろうということだけは分かった。それを取り外そうとしながらも、何を思ったのか自分でもよくわからないけれど、一歩前に踏み出そうとした。と、ままならない視界ではバランスを崩し、そのまま前に倒れそうになって身体を強張らせた。いや、倒れた。

「……いっ、てぇ」

 が、はらりと巻かれたものが緩んで倒れこんだ先は雪の上ではないのだと理解した。通りで冷たくない。回された腕にぎゅっと頭を抱えられていて身動きがとれなくて、それでも視界に入った見慣れた色の髪に、名前を呼んだ。

「ななみ?」
「危ねぇっつーの、いや、俺のせいか」
「……重くない?」
「重めぇよばーか」
「ごめん、どけない」
「は?」
「……手」

 言われて気づいたのか、ひゅっと息を吸いこんで俺の両肩をばっと持ち上げながら起きあがらされる。向かい合って座り込むようなかたちになって、じっ、と相手の瞳をみると照れたようにそらされる視線。そのまま立ち上がった七海は、くるり。俺に背を向けてそこからすたすたと歩きだしてしまった。

「……え、……あっ、これ」

 呼びだされて、なんでこんな状況になってるのとか、どこ行くのとか、もう何にも考えてなくてこの時の自分はただ緩くなって首に巻かれた真っ白なマフラーを返さなくちゃ、と。

 コートに両手をつっこんだまま振りかえった彼は笑顔で、頬はほんのり赤く染まる。

「やるよ!四季、誕生日おめでとな!」

 何を言われたのか、理解するのに少しだけ時間がかかって、それから巻かれた真っ白いそれをきゅっと握って顔を埋めた。

「ありがとう」



白い息に乗せて呟いた言葉は彼に届く前に消えてしまっても

 照れ屋な七海の精一杯の言葉なんだって、凄く、凄く伝わったんだ。だから本当に嬉しくて、嬉し過ぎて泣きたかったけど泣かなかったのは。この嬉しさを涙で表現したくなかったからなんて、誰にも理解できないのかもしれない。そうしてそっと顔を持ち上げれば遠くなる彼向けて、真っ直ぐに。今俺に出来る精一杯の声で。

「哉太、好き!」

 びっくりした顔で振りかえった七海。



(あ、届いた)