いつものように暇を持て余した俺は藍の部屋に上がり込んで、あまり興味がない部屋の隅に積まれた週刊誌を手に取る。よくこんなつまらない雑誌に金を出す気になるねなんて言いながら頁を捲るとじゃあ読むなよと呆れ気味に返されたけど煩い集中出来ないから黙ってと返せば不満そうに、それでも言葉を飲み込んだ彼に口元が緩んだ。ちら、と横目で彼をみる。やっぱり少し腑に落ちないって表情で膝を抱えていた。視線を雑誌へと戻す。本当は彼と何かをしていたいと思うけれど具体的にと言われれば思いつくこともない。だからそれ以上は特に会話をすることもなかった。それでもかまわないと思った。彼の部屋で、彼と同じ空間にいる。それだけである程度は満たされてくれる。

 突然のことだった。恐らく、藍の指が俺の髪に触れた。襟足を掬うように絡められて、肩をはねさせてしまった。平静に、冷静に、大丈夫だ。言い聞かせる。だって俺が藍なんかに、そんなのおかしい。しばらく黙っているとどうやら彼にはそれが予想外の反応だったらしく不安気な声が肩ごしから聞こえた。

「えーっと、射弦?……悪かったよ、いきなり触ったりして」

 ひとつ、ふたつ、空気を吸い込んで、心臓を落ち着かせる。表情をみることはしなかった。振り返って、座る藍の腰に手を回して、膝に顔を埋める。

「い、射弦?」
「なんでもないからほっといて」

 こんな風にして、ほっておくことなんてできるわけがないのは知っている。分かっていて、しているんだ。

「いづるー」
「黙って」
「……んな理不尽な」

 本当は好きだ。藍に名前を呼ばれることがどうしよもなく好きだ。おかしくなりそうなくらいに好きだ、そんな気持ち伝わらないでいいと思うのに寂しくて仕方が無くなるなんて矛盾。ぎゅう、軽く力を込めれば、仕方が無いみたいなため息とともにふる手のひらが背中を撫でて、温かさに、目頭が熱くなった。泣きたかったわけじゃない。

(ただ、どうしようもなく、彼が好きだと思った)