甘い。そう呟いて視界を細くする彼に何がと問えば、返る言葉にじわりと胸が熱くなって、口を閉ざした。吐きだし方の知らない感情は身体中を廻って流れて、充満して、それでもほんの僅かな隙間からあふれ出るそれが俺の眉間に皺をつくった。

「……怖い顔」

 音を鳴らさずに笑う彼に思った。その笑顔に根拠はないんだ、お前が俺といつまでも手を繋いでいてくれるとそんな保証は何処にもないし、本当は必要すらない。ささやかでも、幸せであればと、心から、幸せでいてほしいと。

「七海から、甘い香りがする」
「なんも、つけてねーぞ」
「……そう?それなら」

 七海は元からこうゆう香りなんだ。ふわり、ふわり。言われて、なんだよそれって返しても、俺の言葉なんか聞いていないふうで笑って、だから俺は神楽坂の腕を引いて引きよせて、頭に手を被せて自分の肩へと押し付けた。

「……?」
「お前、変だよ」

 不貞腐れたように小さく零せば、背中に手が回される。だって急におかしなことをいうお前が悪いに決まってる、そうだろう。それなのに、馬鹿な言葉を繰り返して、繰り返されて、それでもどうしようもなく愛おしく思って、この安らぎすら永遠であってほしいと思う気持ちが重くて、自分の心にすらのしかかるんだ。

「……変、でも」
「……、」
「俺、変でもいい」

 伝えたいから、この気持ちを、今この場所で抱く温かい気持ちをいつでも七海に伝えたいから、変って思われてもいい。ぎこちなく降り注ぐ言葉に、苦しくなる胸をかき乱したくなる想いを抑えた。

「っお前のせいで、俺までおかしくなる」
「……七海も、変?なら、」

 一緒だね、それなら。

 一緒に苦しくなろう、一緒に寂しくなろう、一緒に楽しくなろう、一緒に嬉しく、一緒に、一緒に、一緒にいて、だから俺と一緒にいて。俺が言いたかった言葉を、言い出せなかった言葉を、心の中で滞って報われないと決めつけていた言葉をいとも簡単に言いのけてしまうんだ。

 ああ、おかしいな。

「神楽坂、」
「……うん?」

 おかしいよ、だってお前から、酷く甘い香りがしたような気がするんだ、噎せ返るような、甘い、香りが。